人生サイコロ

人生というサイコロがあるとする。

いつも1の面を上に出してばかりいると、
6の面が全く表現されないままだ。
さらに、真上から見下ろしていれば、
まるで二次元の世界のように、
他の5面がない状態。

少しズームアウトさせ、
たまには、ころがしてみて、
違う面を色々見るのがいいようだ。
自分の思わぬ面が発見できて、
前進に役立つから。

多分、自分ではそれが難しいから、
人間は、他者が必要なんだと思う。
ころがしてもらったり、
他の面を指摘してもらったり…

いつもお世話になっている、
あの方、この方のお顔を思い出しながら、
そんなことを考えている。

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多面的な生き物

人間は、多面的な生き物だ。

一つの事象だけでは、
その人の全てはわからない。

人間は、勝手なところがあるから、
自分が気に入った人には、
自分と同じ価値観でいて欲しいと思うらしい。

でも、

必ず、その相手にも、自分にも、
多くの面があるのだから、
いつも一緒の考えである方が不気味だ。

それでも、

重なり合う部分を見つけて重ね合わせ、
信頼し合い、愛を通わせるから、
生きてて良かった…と感じる。

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誰のためのその行為?

お友達とのバイキングで、
これでもか、というほどの果物やおかずを、
後から後から持ってくる60代くらいの女性がいた。

人生の先輩に対して、
失礼かもしれないが、
その行為は、一体誰のため?
と、隣のテーブルに座る私は疑問に思った。

彼女の前に座っているお友達二人は、
明らかにお腹いっぱいだったり、
お一人などは胃をおさえて気分が悪そうだ。

それでもお皿を持ってくるのは、
なんのため?

相手を思いやるとか、礼儀を尊ぶとか、
日本人が大切にしているものは多々あるけれど、
本当に、本当に、相手のためを思うなら、
ときには、何もしない、ということも、
大事なのかもしれないと思う。

自分が嫌われたくないため、
いい人と思われたいため、
悪口を言われないように、
そんな保身のための行為なら、
要らないと思う。

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妄想か、ビジョンか

ふと思い描いた、想像上のイメージ。

登場人物たちの動きまでが鮮明に、
音も聴こえてくるようだ。

その絵を、
ただの空想だという諦めが、
1%でもあれば、妄想となる。

反対に、
なんとなく、そうなるのだろうなぁ…
と感じることができれば、
それは、ビジョンとなる。

諦めることなく、
その絵を思い描き続ければ、
きっとそこに辿り着く。

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型の美しさ

日本の先人達は、感性豊かで、
情感を重んじる文化を育ててきた。
その歴史を私は誇りに思っている。

感性や情感を共有するにあたって、
ただ、垂れ流しのように、
わかるぅ~、わかるよぉ~(涙、涙)
と感情をむき出しにすることを嫌い、
むしろ、それを隠すことで、
一層からだの中に情感があふれてくる、
という体験をよしとしてきたように感じる。

しかし、

近年、喜怒哀楽を、
むき出しにするこそが自然、
とばかりに、自我を破り、
垂れ流すようになってからというもの、
機微も品性も薄れゆき、
日本的上質と出逢うことが難しくなりつつある。

私自身、こうしてむき出しに、
自分の思いを言葉にしているわけで、
品格のかけらもないのかもしれない。

先日、長年にわたり、
ニュースを担当した女性タレントが、
番組を卒業するにあたり、
涙を我慢しながら担当していたことに、好感を覚えた。
これが番組本来の姿だと思った。

身内の卒業を大々的にショーにして、
内輪で盛り上がるテレビ番組が多い中、
公共の電波は公的なものとしての姿勢を、
何かホッとしながら見ていた。

大義名分や、型にはまることは、
決して悪いことばかりでない。
「公」の傘のもと、「私」が抑えられていればいるほど、
「私」の感情は一層美しく映えるというもの。

型はそんな効果をもたらし、
感性ある受け手には強く伝わる。

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心身はストロー

天から命を授かった私たちは、
それぞれの資質も同時に授かっている。

一人として同じ人がいない、
特別な資質と性格と見た目。

天からいつも純粋はエネルギーが、
流れていると仮定してみる。
私たちは、自分の身体と心を、
ストローのようにしてこのエネルギーを通す。

色々な形や色が見えてくる。
美しい音も聴こえてくる。

身体と心をつまらせておくと、
エネルギーが通らないから、
本人も周りの人も苦しくなる。

私たちの仕事は、
心身のストローをきれいに保つこと。
いつでも純粋なエネルギーを通せるように。

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瞑想いろいろ

ダンスによる瞑想や、
音楽による瞑想があることを知り、
てんびんは目からウロコだ。

瞑想が心身に良いことは、
若い頃から見聞きしていたが、
どうも座禅を組むとか、
じっとし続けるとかに対して身構え、
何だか難しいなぁ…と感じていた。

というワケで、
音楽による瞑想効果に期待したい。

「正しいやり方」があるかどうかも知らないが、
軸がもどるような感覚を得られれば、
それでよしとする、ゆるゆる感。

空とか無とか、
私は理解し体験しているんだろうか?などなど
考えると難しくなっていくことも、
実は、誰しも瞬間的に味わっているのかもしれない。
なんて、ほんわか思いながら。

そんな気持ちで気軽に、
呼吸の整う、自分なりの瞑想らしきものをしたい。

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急がば回れ

目的を達成するためにも、
人間関係にも、
様々な分野の土台づくりに、
欠かせないモットー。

「めんどくさい。」を飲み込んで、
丁寧に、丁寧に、急がば回れ。

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幸せの裏側 その2

人生をサイコロ型に喩えてみる。

1.存在の側面
2.愛の側面
3.承認の側面
4.平和・安定の側面
5.一体感の側面
6.本人にとっての幸せの側面

幸せに見える人は、
いつも 6の面を上に見せているけれど、
やっぱり1から5までを持っている。

磨きをかけて、球になっていく。

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「愛という言葉は使わない、癒しもない」

独自のワークショップを主宰する知人と、
あるパーティーで会った際、
新しく提供し始めていることについて伺った。

上滑りの愛や、癒しは提供しない、とのこと。
何だか嬉しくなった。
受講した方が、仮に愛や癒しを感じたなら、
それを否定するつもりはないけれど…
ということらしい。

お手ごろな愛や癒しは、
本人がそのことをわかっていればいいし、
気休めには良いけれど、
芯から離れてしまうことがある。

芯って何?本物って?
そんな定義は色々だろうけれど、
私には彼の提供しているものは、
芯に近いところにある本物の気がする。

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孤独感

一番孤独を感じるのは、
大勢でいるときだったりする。

一人きりでいる時に、
幸福感や充実感に満たされるときは多い。

一人きりでいること自体が、
孤独を生み出すのではない。

自分の価値観を、
誰とも共有できないときに感じるのが、
孤独感なのだと思う。

だから、

たとえ価値観が違っていても、
一旦は相手を受け取り、
共に同じ絵を見て、音を聴いて、
共に感じ合いたい。

理解されない、孤独だ、
と思って閉じこもるのではなく、
少しずつ自分から殻を出て、
少しずつ自分から表現していくことで、
部分的でも理解者を見つけていけることを知る。

孤独感は、自分が具体的に始めることで、
どんどん薄らいでいく。

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幸せと不幸せ

幸せだなぁ…と浸っているときの、
大きな可能性を見逃しているという不幸。

不幸だと嘆き悲しんでいるときに、
支えてくれる人がいてくれることの幸せ。
数え上げたらびっくりするほどの、
幸せに囲まれていたりする。

不幸に気づかない。
幸せに気づかない。

そして、だんだんと、
不幸に気づき、幸せにも気づいていく。

時間の経過と共に。
トロッコを前進させるように。

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「運命の人」

運命の人
運命の女(ヒト)

というが、どうしても
一人じゃないとダメだろうか?笑

ロマンチックな私の心のある部分では、
確かにたった一人をこう呼びたいと思ってきた。
けれども最近、長い人生だ、私には、
たくさんの運命の人がいたし、今後もいるのでは?
と思うようになってきた。

出逢うと、それが人生の節目となった。
多大な影響を受けた人も多い。
そして未だに受けている、

私には「運命の人」が何人かいる。

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客観性こそがカギ

自分は客観的に物事を見ている!

…と自信満々な人に限って、
「えぇ~うっそ~ん」と思うような言動が…。

例えば、子供のことになると、
途端に主観バリバリになってるけどなぁ…、
その人に向って何度も心の中でつぶやいた。

私も実は、比較的客観的かも、
なんて、思い込みをしてきた。笑

いやいや、いやいや、

ホント。

人間、どれだけ冷静を装っていても、
こと自分のことや、家族のことには、
主観的になってますぜ。と笑える。

訓練あるのみと思うこの頃。
様々な問題は、主観と主観のぶつかり合い。
客観性こそが解決のカギだと思う。

自分に対して、客観的に捉えて、
事実を受け入れ、行動できるかが、
前進できるかどうかの分かれ道なのだ。

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欲しいモノの向こう側

欲しいモノの奥には、
実はそのモノが象徴している
「欲しい状態」がある。

欲しいモノさえ手に入れば…と思い、
実際にそのモノを手にすると、
今度はもっと欲しいモノが欲しくなる。
物欲スパイラルだ。

けれども、

欲しいモノがもたらす
欲しい状態をはじめから実感することができると、
案外、モノがなくても、幸せだったりする。

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「どいつも、こいつも…」

あの人にも、この人にも裏切られた、
と話す人に先日会ってきた。

私は、半ば同情しながら、
その人の話をなるほど…と聞いていた。

でも、後でよくよく反芻して考えてみた。

どいつもこいつも…って調子で話していたけど、
本当に、周りの人がいつも悪くて、
その人がいつも正しいのだろうか?

その人のものの見方にも、
何か課題はないのだろうか?

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OOしない…の効用


OOしない…というのは否定的な言い方で、

OOしよう!というのが肯定的な言い方で、

言葉が人生を作っていくワケで…
そういう意味では肯定的な方が幸せに近いようにも
感じられるのですが。

けれども、例えば、

「人が不快になる言葉は使わない」とか、
「迷惑を掛けない」とか、
「意地悪はしない」とか…

OOしないことは、
大事なことじゃないかと、
改めて思うこの頃です。

子供の頃にたしなめられた言葉の数々は、
意味のあることだったと感じるこの頃なのです。

肯定的な言葉は短期的視野でモチベーションを上げ、
「OOしない」は長期に渡って続けることで、
その効力が発揮されるかも…とも思えるのです。

例えば、子供時代にずっと意地悪をし続けた子供は、
大人になったとき、その幼馴染から村八分にされるけれど、
子供時代にぐっと我慢し、意地悪しないで生きてきた子は、
大人になったとき、周りから信頼を得られる、というように。

おそらく、

OOしない、というダブル否定の発想は、
人間の理性を司る部分で、
欲望を抑制する能力を育てるのかな、と思うのです。

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愛すること

「こんなに愛してるのに…」

と言った後にグチが出る場合、
本当は、「こんなに見返りを期待しているのに」
という方が正しいような気がする。

愛する

これは、相手はあっても、
ベクトルが実は自分に向くという不思議な、
とっても個人的な体験で、
相手に何かを期待する行為ではないな…と。

愛する

今の私がこれを定義すると、
相手が何をしても、何を考えても、
一旦受容して、自分なりに消化して、
その言動を許していくことなのではないかな…と。

愛する

これは、自分の枠を広げる作業であり、
相手に自由をプレゼントすることであり、
発せられたものを受け取ることであり、
惜しみなく発するものなのかな…と思う。

愛する

というのは、相手という的があり、
しっかりとその存在を受け入れながら、
同時に自分をもまるごと受け入れていく過程なのだと思う。

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自由さとお金の関係

いつもスカッとした文章で、
しかも経験に基づく示唆で、
私に新鮮な風を吹き込んでくれる、
宇都出雅巳氏の考え方に学ぶことが多い。

前回と今回の氏のメルマガ
『週刊 宇都出マガジン』でも、
面白いテーマを提供している。

セラピスト・石井裕之さんの言葉を引用し、
●現代のお金とは物質界における自由の表現である

から展開して、    

もし自由になりたい、お金がほしいのであれば、
●まずは何かやること●

と結論を出し、次号でさらに、

●「自由」の反対語は「恐怖」である●
という演出家である今井純さんの本から引用、

そのためには全てを

●受け入れる●こと

と提案し、「自由になって生きてみてください。」
と締めくくる。

最近、自由さと行動に関して感じていたことを、
お金の概念までつけて、サクッと言葉にしていただけるとは!

宇都出氏は、速読家でもあり、
宇都出ブックセンターというHPで、
興味深い本をたくさん紹介されている。
http://utsude.jugem.cc/

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自由さとお金の関係

いつもスカッとした文章で、
しかも経験に基づく示唆で、
私に新鮮な風を吹き込んでくれる、
宇都出雅巳氏の考え方に学ぶことが多い。

前回と今回の氏のメルマガ
『週刊 宇都出マガジン』でも、
面白いテーマを提供している。

セラピスト・石井裕之さんの言葉を引用し、
●現代のお金とは物質界における自由の表現である

から展開して、    

もし自由になりたい、お金がほしいのであれば、
●まずは何かやること●

と結論を出し、次号でさらに、

●「自由」の反対語は「恐怖」である●
という演出家である今井純さんの本から引用、

そのためには全てを

●受け入れる●こと

と提案し、「自由になって生きてみてください。」
と締めくくる。

最近、自由さと行動に関して感じていたことを、
お金の概念までつけて、サクッと言葉にしていただけるとは!

宇都出氏は、速読家でもあり、
宇都出ブックセンターというHPで、
興味深い本をたくさん紹介されている。
http://utsude.jugem.cc/

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「スマート」の定義

12星座の水エレメント
(かに座、さそり座、うお座)は、
感情の移り変わりを察知するのが得意で、
根回しなどさせたらピカ一だ。

それに対して、火のエレメント
(おひつじ座、しし座、いて座)の人は、
正義感が強く、目的を持ったときの
推進力が素晴らしく、前進あるのみという
力強さを感じさせてくれる。

先日、この、水エレメントと火のエレメントのみで、
太陽、月、水星、金星、火星が構成されている方が、
皆さんの前で、「…という風にするとスマートですよね。」
と自信ありげにおっしゃった。

風エレメントが多い私はそれまでの内容には、
ふんふんと、納得して聞いていたのだが、
スマートという言葉を聞いた途端に、
「ん?」と反応してしまった。

確かに間違っていらっしゃらない。
けれども、私の思うスマートとは、
ちょっと違うかなぁ…と感じた。

つまり、

スマートの定義も人それぞれ、なのだ。

そして、

火、水、地の人が「感じる」スマートと、
風の多い私が「考える」スマートもまた、
微妙に違うんだろうなぁと思った。
ひとつずつ例を出し合い、
分析できたら面白い議論になるかも。

今後、「エレメント別スマート」を観察していこうと思う。

結局のところ、

自分の持つ星座を成熟させたときに、
その星座なりのスマートも完成するような気がする。

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食べてしまう…のはなんのため?

何かに反応して、「食べる」ことがある。

お腹がすいているわけではないのに、
お菓子などに手が伸びる、いわゆるストレス食い。

何がそうさせるのかを考えてみた。

すると、

「つながりたいから」
という答えがふっと出てきた。

相手とつながりたい。
何か役に立ちたい。
でも役に立っていない。

自分自身とつながりたい。
目標を達成したい。
でも達成していない。

深いところで理解したい、理解してもらいたい、
そんな欲求を、食べることで無意識に満たそうとしている。

でも、

そんなことをしていたら、身体の負担になる。
必要ない脂肪を溜め込み、頭の回転を悪くする。

食べ物は食欲を満たすためで、
「つながりたい」という欲求は、決して満たされない。
一瞬ごまかされるだけだ。

欲求に合った満たし方を、
自他共に納得する満たし方を、
実行しなければ。

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記憶に残らなくてもいい

自分の存在が、
相手の記憶に残る方が良いと思ってきた。

でも、

本当にそうなのだろうか?

自分の存在を相手に植え付けることで、
自分の存在を確かめたいというエゴのような気がする。

相手の記憶に残ることが目的なのではなく、
その人がその人らしく生きること、
自分が自分らしく生きることが目的なのだから。

たとえ、相手の記憶に残らなくても、
出逢った瞬間に風のようにお互いが反応し合い、
何かが生まれたのであれば、
記憶に残らなくてもいい。

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終わってからが始まり

600人弱のパーティーを、
責任者として企画し、
半年がかりで準備して終えた。

多くのスタッフとその関係者が協力してくださり、
些細な反省点を除けば、成功に終わったと言える。

パーティー後、各方面に御礼状を書き、
可能な限り菓子折りを持って、御礼に伺っている。
そこで出逢うのは、満足感と信頼関係の笑顔ばかり。

大きな事が終わってからが始まりということを、
私はこの歳で初めて知った。

ここから皆さんとどう関わっていくのか、
どう生きていくのかのスタートなのだ。

パーティーは一つの象徴であり、ピークではあるが、
ある意味、通過点に過ぎず、
それ以降が本番ということだと気づいた。
…結婚式と結婚生活のように。

きっと、全てに言えることなのだろう。
事後処理、次年度への引継ぎこそ本番、
という認識で、これから物事を見ていこうと思う。

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比べた途端に私は消える

誰かと比べた途端に、
私は私の本当でなくなる。

誰かと比べられコメントされるようなことがあれば、
その場からすぐに逃げよう!笑

私が私でいるために、
誰とも比べたりせず、
ただ受け入れ、愛することが必要なのだと痛感する。

自分自身のことを、
抱きしめることが必要なのだと思う。

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相手を変える方法

相手を変える方法は、1つしかない。

それは、自分が変わることだ。

自分の今までの考え方を変えて、
今までしたことのない行動で接したとき、
相手もまた変わる可能性がある。

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自分を好きになる過程

若い頃、私は自分が嫌いだった。

自分の思い描く理想と、
現実の自分とがずれていた。

一番深いところでは、好き嫌いを超えた
揺らがないものは感じてはいたけれど、
表層意識では、自分に自信が全くなかった。

それじゃ今は自信があるの?
と訊かれれば、口ごもってしまうかもしれないが…
それでも、確実に10年前よりは、
理想と現実のずれがなくなってきている。

要するに、
自分のことが少しずつ好きになってきた。

いい意味での諦め…なのかもしれない。
私は私以上でも私以下でもなく、私でしかない。
私でないものになろうとしても、無駄だと知った。

私が何者なのかを日々紐解いていくだけだ。
紐解かれたものが何であれ、受け入れていけばいい。

自分を好きになるとはそういうことなのだと思う。

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常識を見直す

先人たちの知恵の宝庫、常識。

常識を身につけていくことは、
社会人として成功するための必須条件。

しかし、

常識ばかり重んじる病にかかると、
これまたやっかいなことになる。
新しい道を拓くとか、根源を考えるとかを
止めてしまうから。

ときには、縛られ過ぎていないか、
常識そのものを、本当だろうか、
と疑ってみるのも必要なのかも。
形骸化している場合があるから。

何が本当に大事なのか、
価値観の棚卸をして新しい常識をつくっていく、
そんな気概も欲しい。

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未来のつくりかた

講座で二人組のエクササイズをする際、
受講生が奇数の場合は、
スタッフで参加している私も、
受講生と組んで行う。

実は、私はこの現場が大好き♪

初めてお会いした方でも、
その方と大切にしているものをお互いに分かち合い、
何年来の友人のように思える時間。

今回は、同年代の女性とご縁がある。
彼女の将来の希望のキーワードを1つ2つ聴くと、
どんどんイメージが膨らみ、
未来の彼女の姿が見えてくる。

その方が持つバイブレーションと、
キーワードと体温が、私の何かと結びつくのか、
新しい世界が見えてくる。

それをお伝えするときは本当にワクワクする♪

人と人の想像力が重なって、
未来が見えてくる。

人と人が共に動いて、
未来が形となっていく。

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勝ち負け

ある程度の、
「負けるもんか!」や、
「絶対勝ってやる!」は、
モチベーションとして役立つのかもしれない。

でも、

人は、生まれながらにして、
誰にも負けない「その人らしさ」を、
持っているのだから、はじめから、
勝負なんてする必要ない。

「自分らしさって何?」

を探求し続け生き続ければ、
結局、誰も敵わない。

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洗練に必要なもの

新潮国語辞典によると、
「洗練」とは次の4つに定義されている。

 ①あかぬけしたものをつくるために考えをこらすこと。
 ②詩歌、文章をよく考え、一層よくすること。
 ③修養をつんで人格の円満をはかること。
 ④人柄や趣味が優雅・高尚になること。

考えてみれば、
あかぬけさせるためには、
元となる「中身」がなければならない。

お弁当箱がどんなに立派でも、
「中身」が腐っていれば美味しくない。

最高級のファンデーションを塗っても、
肌自体のきめが整っていなければ、
本当の意味で美しくない。

重要なのは、
洗練させたい「中身」だ。

「中身」があって、
初めて洗練させられる。

…で、中身って何だろう?
から始めたい。

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贅沢な作品

絵葉書を描き、人に贈る。
ステキな趣味だと思う。

私は絵があまり得意ではないので、
文章を考え、手紙を書いて言葉を贈る。
気軽にメールでも。

お互いが作ってきた関係で、
お互いにしかわからない言葉で、
つながる喜びがある。

公では決してみることのできない、
たった一人だけが鑑賞できる、
ある意味一番、豊かで贅沢な作品なのかも♪

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木星が山羊座

今年いっぱい、
木星は山羊座の位置にいる。

木星はラッキーの星。
可能性を広げ、背中を押してくれる星。

その木星が、
試練や父親的な厳しさを好む山羊座にいる。


今年は勉強の年で、ひとつひとつの行いを
丁寧に積み上げ、形にする年と決めている。

面白いことに、仕事をしていると、
・中途半端なことは通じない。
・形骸化されたことは見直す必要が出てくる。
・具体的な数字を表すと話が通りやすい。
・端折らず、一歩ずつ着実な者に対する評価が高い。
などなど、まさに山羊座趣向になっているのを実感。

自分が今まで、
「ま、いっか」と見て見ぬフリをしてきたものは、
しっかりと見直して、「実のある」日々を過ごしていきたい。

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欲しいなら惜しみなく…

愛されたい、
ケアされたい、
尊重されたい、
理解されたい、

と女性が思うように、


愛して欲しい、
受け入れて欲しい、
感謝して欲しい、
信じて欲しい、

といったニーズが男性にはあるようだ。

だとしたら、

女性に対しても、
男性に対しても、
ケチケチせず、惜しみなく、
自分が表現し得る最高の心を
相手に向かってプレゼントしよう。

毎日出逢う人にプレゼントし続けることが、
お互いの健康のためにも一番。

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男性性、女性性、人間性

占星学ではホロスコープというものがある。

その人が生まれたときの天体の地図で、
どこにどんな星があるかで、
性格や資質や傾向などが読み取れる。

勿論、これでその人の全てがわかるわけではない。
生まれ持った資質は、
その人がどのように育てられたか、
どのように人生の選択を行うか、
行動をするかによって変わっていく。
誕生日、親などは自分の力で変えられない宿命だけれど、
その素材をどう活かすかは変えられる運命。

私はホロスコープに現れる、
その人らしさ、「自分らしさを生きる」ことが、
最大の社会貢献と信じている。

その人らしさや自分らしさは、
男性的な面、女性的な面、
人間としての面などのバランスによっても
表現できるだろう。

男性でも女性的な面が強い人、
女性でも男性的な面が強い人があるから、
自分の強みを知って人間を磨いていきたい。

誰一人として同じ人はいない。

自分のことを最初から最後まで見られる人は、
自分しかいない。
生涯掛けて一生懸命磨きたい。

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質の高い会話

質の高い会話は、
目の前の相手と自分のことを話す会話。

その場にいない誰かのウワサ話だけでは、
得られない濃い時間。

あなたが何を見て、聴いて、感じたかを聴きたい。
私が何を見て、聴いて、感じたかを伝えたい。

大事にしていることを受け取りあえば、
発見が多い。

質の高い会話は、いつも学びの宝庫。

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女人禁制

古くからあるイギリスのクラブなどでは、
女人禁制というものがある。

男女平等が叫ばれるようになってから、
だいぶ少なくなってきたようだが、
日本でも実質そのような場所があるのではないだろうか。

私は、教育に関しては男女平等の共学派だが、
それ以外では、女人禁制があってもいいじゃないか派だ。
昔、父が見聞きしているクラブの話をしてくれたとき、
子供心に葉巻の香りと皮張りの本が並ぶ本棚をイメージし、
何とも言えない憧れを感じたものだった。

大人になった今、
「本物の男」と感じる男性は、
どの人も私など到底入り込めない世界を持っている。
畏敬を感じてしまう世界だ。

集中して仕事をするときの姿勢。
次に進もうとするときの思考の時間。
趣味の探求。

どこか少年が残っていて純粋で魅力的な表情になる。
そんな「できる大人の男性たち」が集まる、
閉じられた空間があってもいいと思う。

「一体中で何をしているのかしらねぇ~」
「私たちの悪口が酒の肴になっているんでしょ」
とひがんでしまうような、そんな世界があるからこそ、
男性が男性らしく、女性が女性らしくなるような気がする。

お互いの世界を大事にしていきたい。

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ベストタイミングは人それぞれ

自分にとって、
大事な教えとか、
深い言葉とか、
感銘を受けた本など、いろいろある。

同じように、
人にもそれぞれのものがあるのだろう。

必ずしも同じものがしっくりくるとは限らないし、
同じタイミングで必要になるかもわからない。

例えば、
山を登る人にとって防寒具と杖は必需品だが、
川を泳いで渡っている人にとっては邪魔になる。

足し算引き算を覚えたてで嬉しい者にとって、
微分積分が生活のどこで活用できるかなどぴんとこない。

自分が感動するくらい良かった内容は、
「今の相手」にとってはそれほどでもないことの方が多い。
その相手はもうすでにそのことを
充分にわかった上で過ごしていることもある。

それでも、

どうしても今杖を持たせたい、
という衝動が突き上げてきてしまったなら仕方ないけれど、
せめて大事なその相手に、
「今そのタイミングかどうか?」
と尋ねた方が良かったかなぁ…と、
反省している。

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次にいくためのスイッチ

イライラしている時は、
心身が思うようにかみ合わず、
仕事もはかどらない。

そんな気持ちは、
自分で選択していることさえ忘れ、
状況や誰かのせいにしてしまう時間。

本来見据えなければならない目的や行動が、
どこかにふっ飛んでしまい、
その代わりに、イライラさせる「誰か」とか、
起こった「何か」が思い出され、
私の時間を食い尽くしていく。

実際に何かを行動するよりも、
自分の貴重な時間を起こってしまったことに譲り、
何もせずに悪い想像ばかりに繰り返し費やしていく。

どうして、悪い状況になると、
「あの人」や「この人」がいつも、
一番大事な心の指定席に座るのだろう?

自分が思うように動けないことを、
何故他人のせいにしたいのだろう?

もったいない話だ。

自分が主人公であるべき位置に、
その人たちに座らせ力を与えてしまっているとは…

イヤな気持ちと身体のまま、
誰かのことばかり考えていることに飽きたら、

 ●「私は」本当は何がしたいの?

と言うことに決めた。
このセリフをスイッチとして次に進もう。

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ウラ星座を使いこなす

雑誌やテレビでとりあげられる、
オモテ星座(=太陽星座)は性格上の柱だ。
ウラ星座(=月星座)は潜在的に求めているものだ。

それだけでなく、
ウラ星座には、オモテ星座をバックアップする
という大切な仕事がある。

例えば、
オモテ星座おひつじ座、
ウラ星座もおひつじ座ならば、
オモテが「こうしよう!よしやろう!」と
始めることを、ウラ星座も同様に、
「いいね~!ゆけーーー!」と応援するだろう。

しかし、

オモテがおひつじ座、
ウラ星座がやぎ座という場合は、
ウラがオモテと反対意見であることは多いだろう。
「ホントにそれでいいの?もう一度
よく考えた方がいいんじゃない?具体的にしてみた?」
という風に苦言を呈するかもしれない。

持っているウラ星座の応援の仕方によって、
本人の思考も行動も心理状態も変わってくる。

自分がどういうパターンを持っているのか、
オモテ星座とウラ星座との関係は
持っている要素によって十人十色だ。

それを発見するだけでも
自分の活かし方のための大きな一歩だと思う。

★オモテ星座、ウラ星座を
一日掛けてじっくり楽しく♪学ぶ基礎講座、次回は11/17です。

http://www.astro-relation.jp/ver2/seminar/basic.htm

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幸せでいる責任

人さまの家の内情が気になり始めたら、
自分の足元をチェックするようにしている。

なぜなら、

どうやら人間というものは、
自分の生活に不満があると、
人のことが気になり口を出してしまうみたい...
と発見したから。

自分が幸せでないと、
人のことがいちいち気になり、ひとこと言いたくなる。
でも、自分が幸せなときは、
どーんと構え、自分をしっかり生きられる。

自分を幸せにできるのは、
他の誰でもなく自分自身だから。
人さまに「大きなお世話」をしないためにも
幸せになること、幸せでいることは、
社会の中で生きる一人一人の責任なのだと思う。

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良い循環、悪い循環

水星逆行真っ只中は、
何だかいつも頭の上に雲がかかっているよう。

コミュニケーションが食い違いやすく、
誤解も生じやすくなることから、こちらから
重要なメールを発信することがほとんどない。
そして興味深いことに、そういう時には、
受信の数も不思議とぐっと減る。

発しなければ、
受けることも少なくなる。
これもまた宇宙のしくみなのだろうか。

これをきっかけに、
様々な「しくみ」について、さらに考えてみる。
例えば、良い循環、悪い循環。

良いものを発せば、
身の回り全体が良い方良い方へと流れる。
けれど、悪い方に考えたり、
人のせいにしたりすると途端に、
物事が悪い循環へと流れていく。

お金がないから、出かけない。
出かけないから運動量が少なく、
心身のエネルギーも巡らない。
巡らないから一層動くのが億劫になる。
億劫になると、全ての活動がイヤになる。
活動しないからお金は得られない…そんな感じだ。

良い循環と悪い循環。

どちらの循環も、
自分のスイッチ次第なんだよなぁ…とため息をつく。
まずい、まずい、悪い循環に入りそうになる。

自分のスイッチ次第なんだよなぁ…とあわてて空を見る。

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ご縁

若い頃から好きで使っていた「ご縁」という言葉。
最近やっと実感を伴ってきた気がする。

スタッフとして、数種類の講座の準備をしているが、
そこにいらしてくださる受講生が当然毎回違う。

ずっと前から申し込んで下さる方、
直前になって飛び込んできてくださる方、
体調不良などの事情で当日こられない方とそれぞれ。

講座当日にほとんどの方と初めてお会いして話す。

そしていつも漠然と感じる、ご縁。
まるでそこに集まる人同士が
会うべくして会っているという感じを受けるのだ。

だから、

当日いらっしゃらない方にはその方なりに、
その時間別の場所にいる必然がある気がするのだ。
別の場所で別の人と会ったり、
別のことをすることがその人にとってのベスト
という気がするのだ。

そんな風に思いはじめると、
受講生が多いとか少ないとかを気にするのが、
何かおこがましいようにさえ思えてくる。

宇宙の波に乗って、それぞれが選択する
その瞬間に必要なことが全部起こっている。
そんな気持ちになってきたこの頃。

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宇宙のくじ引き

くじを引いて席順を決める。
あみだくじで係を分担する。
学校や会社に受かったり落ちたりする。

その結果によっては、
「良かった~」もあれば、
「あ~あ、はずれた。」
「げっ、うそでしょ。」「残念…」
というような反応が起こることもある。

しかし、

何だかそこには、
めぐり合わせの妙、があるように思う。

その結果を素直に受け入れることが、
一番しっくり納まるとか、一番学べるとか、
「いるべき場所」へと導かれていくような、
そんなめぐり合わせがあるのではないかと思う。

それぞれの人の無意識が、命が、使命が、
作り出している目的に合わせ、
壮大な規模での宇宙の選択が、
瞬間瞬間変化しながら働いていく。

だから、

いつだって、どこでだって、
初めて出遭えたそのことが、
奇跡以外のなにものでもないのだと思う♪

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人間力

成熟した人と接する。

「ああ、成熟した方なんだなぁ。」
「なんて器が大きい方なんだろう。」
「苦労や努力が実を結んだすごい方だ。」
と感じるものだけれど、
何をもって成熟しているかどうかを
私は感知しているのだろう?と考えた。

「成熟している人たち」を再度観察してみる。

そして、見つけた。

その一つは、
「身内以外でも他者を心から本気で愛せること。」だ。

身内以外の他者を本気で愛するというのは、
一見誰もができるように思えるが、案外そうではない。

自己満足を愛と勘違いしていたり、
相手を思い通りに動かそうとしたり、
結構自分勝手な在り様を愛と呼んでしまっている気がする。

けれども、

成熟している人たちは、
確実に、本気で、他者を愛している。
ありのままの他者を愛し自然に育ててしまう、
不思議な相互エネルギーみたいなものを持っている。

その状態が、ひょっとしてヒトという種の成熟であり、
「人間力」の一つなのではないかなぁ…と思う。

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