木星と土星の示すもの

占星学では、
木星はラッキーな時期やテーマを、
土星は、試練や課題を示してくれる。

以前の私は、木星ばかりに目がいっていたが、
最近は、土星が教えてくれるものの大きさに、
感動すら覚えている。

気持ちいいこと、楽に手に入るもの、
めんどくさくないこと、幸運と思えるものは、
確かに嬉しいし、ワクワクする。

けれども、

そればかりでは、成長できない。
井の中の蛙 となってしまう。
一生、同じところにとどまれば良いなら、
木星だけを追いかければいいのだろう。

一方、土星は、厳しい父親のような存在。
「それで本当にいいのか?
もっとできるんじゃないのか?」と
消化するべき課題を目の前に運んでくれる。

課題や試練は、正面から取り組みたいものだ。
毎日少しずつでも、具体的に動き、
結果を作ることを土星は常に奨励している。

突きつけられる課題に取り組むうちに、
また木星がめぐりめぐって、
「よく頑張りましたね~。さあ、ご褒美ですよ~。
うんと楽しんでくださいね~♪」
と微笑みかけてくれる体験が用意されている。

様々な星は、運行しながら、その角度を変え、
人間の持って生まれた、
その人ならではの資質に、
つながったり、離れたりしながら、
応援し、励まし、ご褒美をくれる。

天体は、いつでも無償の愛を、
空の上から注いでいる。

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人生サイコロ

人生というサイコロがあるとする。

いつも1の面を上に出してばかりいると、
6の面が全く表現されないままだ。
さらに、真上から見下ろしていれば、
まるで二次元の世界のように、
他の5面がない状態。

少しズームアウトさせ、
たまには、ころがしてみて、
違う面を色々見るのがいいようだ。
自分の思わぬ面が発見できて、
前進に役立つから。

多分、自分ではそれが難しいから、
人間は、他者が必要なんだと思う。
ころがしてもらったり、
他の面を指摘してもらったり…

いつもお世話になっている、
あの方、この方のお顔を思い出しながら、
そんなことを考えている。

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多面的な生き物

人間は、多面的な生き物だ。

一つの事象だけでは、
その人の全てはわからない。

人間は、勝手なところがあるから、
自分が気に入った人には、
自分と同じ価値観でいて欲しいと思うらしい。

でも、

必ず、その相手にも、自分にも、
多くの面があるのだから、
いつも一緒の考えである方が不気味だ。

それでも、

重なり合う部分を見つけて重ね合わせ、
信頼し合い、愛を通わせるから、
生きてて良かった…と感じる。

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誰のためのその行為?

お友達とのバイキングで、
これでもか、というほどの果物やおかずを、
後から後から持ってくる60代くらいの女性がいた。

人生の先輩に対して、
失礼かもしれないが、
その行為は、一体誰のため?
と、隣のテーブルに座る私は疑問に思った。

彼女の前に座っているお友達二人は、
明らかにお腹いっぱいだったり、
お一人などは胃をおさえて気分が悪そうだ。

それでもお皿を持ってくるのは、
なんのため?

相手を思いやるとか、礼儀を尊ぶとか、
日本人が大切にしているものは多々あるけれど、
本当に、本当に、相手のためを思うなら、
ときには、何もしない、ということも、
大事なのかもしれないと思う。

自分が嫌われたくないため、
いい人と思われたいため、
悪口を言われないように、
そんな保身のための行為なら、
要らないと思う。

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妄想か、ビジョンか

ふと思い描いた、想像上のイメージ。

登場人物たちの動きまでが鮮明に、
音も聴こえてくるようだ。

その絵を、
ただの空想だという諦めが、
1%でもあれば、妄想となる。

反対に、
なんとなく、そうなるのだろうなぁ…
と感じることができれば、
それは、ビジョンとなる。

諦めることなく、
その絵を思い描き続ければ、
きっとそこに辿り着く。

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型の美しさ

日本の先人達は、感性豊かで、
情感を重んじる文化を育ててきた。
その歴史を私は誇りに思っている。

感性や情感を共有するにあたって、
ただ、垂れ流しのように、
わかるぅ~、わかるよぉ~(涙、涙)
と感情をむき出しにすることを嫌い、
むしろ、それを隠すことで、
一層からだの中に情感があふれてくる、
という体験をよしとしてきたように感じる。

しかし、

近年、喜怒哀楽を、
むき出しにするこそが自然、
とばかりに、自我を破り、
垂れ流すようになってからというもの、
機微も品性も薄れゆき、
日本的上質と出逢うことが難しくなりつつある。

私自身、こうしてむき出しに、
自分の思いを言葉にしているわけで、
品格のかけらもないのかもしれない。

先日、長年にわたり、
ニュースを担当した女性タレントが、
番組を卒業するにあたり、
涙を我慢しながら担当していたことに、好感を覚えた。
これが番組本来の姿だと思った。

身内の卒業を大々的にショーにして、
内輪で盛り上がるテレビ番組が多い中、
公共の電波は公的なものとしての姿勢を、
何かホッとしながら見ていた。

大義名分や、型にはまることは、
決して悪いことばかりでない。
「公」の傘のもと、「私」が抑えられていればいるほど、
「私」の感情は一層美しく映えるというもの。

型はそんな効果をもたらし、
感性ある受け手には強く伝わる。

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心身はストロー

天から命を授かった私たちは、
それぞれの資質も同時に授かっている。

一人として同じ人がいない、
特別な資質と性格と見た目。

天からいつも純粋はエネルギーが、
流れていると仮定してみる。
私たちは、自分の身体と心を、
ストローのようにしてこのエネルギーを通す。

色々な形や色が見えてくる。
美しい音も聴こえてくる。

身体と心をつまらせておくと、
エネルギーが通らないから、
本人も周りの人も苦しくなる。

私たちの仕事は、
心身のストローをきれいに保つこと。
いつでも純粋なエネルギーを通せるように。

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瞑想いろいろ

ダンスによる瞑想や、
音楽による瞑想があることを知り、
てんびんは目からウロコだ。

瞑想が心身に良いことは、
若い頃から見聞きしていたが、
どうも座禅を組むとか、
じっとし続けるとかに対して身構え、
何だか難しいなぁ…と感じていた。

というワケで、
音楽による瞑想効果に期待したい。

「正しいやり方」があるかどうかも知らないが、
軸がもどるような感覚を得られれば、
それでよしとする、ゆるゆる感。

空とか無とか、
私は理解し体験しているんだろうか?などなど
考えると難しくなっていくことも、
実は、誰しも瞬間的に味わっているのかもしれない。
なんて、ほんわか思いながら。

そんな気持ちで気軽に、
呼吸の整う、自分なりの瞑想らしきものをしたい。

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急がば回れ

目的を達成するためにも、
人間関係にも、
様々な分野の土台づくりに、
欠かせないモットー。

「めんどくさい。」を飲み込んで、
丁寧に、丁寧に、急がば回れ。

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幸せの裏側 その2

人生をサイコロ型に喩えてみる。

1.存在の側面
2.愛の側面
3.承認の側面
4.平和・安定の側面
5.一体感の側面
6.本人にとっての幸せの側面

幸せに見える人は、
いつも 6の面を上に見せているけれど、
やっぱり1から5までを持っている。

磨きをかけて、球になっていく。

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