子供の思わぬひとこと

「こんな娘に育ってごめんなさい。」

18歳の娘の悩みを聞いていると、
思いがけず、私に向って、そんなことを言った。

私は無意識に、
大きな期待を子供達に掛けて、
プレッシャーにしてしまっているようだ。

あなたの命や資質に関して、
誰に対しても謝ることなど何ひとつない。
たとえ私の知らない自分の世界を持っていようと、
それをほじくってどうこう言おうという気持ちはサラサラない。
ただ、今は特に成長過程、発展途上だから、
受験など、ホントに手に入れたい目標に対して、
色々なやり方での間違いはあるだろう。
間違ったと思ったら、反省して前に進むしかない。
そういう意味で、世の中甘くない。
わかっている、と言うならやれ、
というのが大人の世界。
行動にして初めて認められるもの。
…ま、全て、私自身の経験なんだけど、ね。

…てな感じで話した。

子供は思わぬ思考回路で、
自分自身を責めていることがある。

しかし、

責め続けても、壁は打ち破れない。

壁を打ち破り、前進するためには、
我が家では、親の伴走がまだしばらく必要のようだ。

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潤う時間

20歳の息子と18歳の娘。

子供たちとじっくりと話す時間は、
喜びに満ちた私の潤いの時間。

小さい頃には話せなかった心のヒダヒダまでを、
人間同士打ち明けあって、励ましあって。
彼らの考え方に触れ、
ほ~っこんなにも成長しているんだ...と、
眩しく頼もしくなる。

少しばかり先に生まれた私が、
アドバイスできるのは、あと何年だろう。
その後はきっと彼らからアドバイスをもらうことになるだろう。

彼らにしかない体験をこれからも積み上げ、
どんどん大きくなって欲しい。

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ベビーシッターできない理由

NYの高校生時代、週末になると、
気軽にベビーシッターを引き受けていた。

けれども、

実際に自分の子供ができてからは、
心理的に他のお子さんの、
ベビーシッターができにくくなった。

子供たちが幼稚園に入る前も入ってからも、
知人同士お互いに子供を預けあうということもあったが、
その度に、私は心が重くて仕方なかった。

子供の命を預かることに責任を重く感じていた。

子供は国の宝だ。
時代錯誤的な言葉だが、
あえて、新しい気持ちと感覚で使いたい。
本当にそうだから。

自分の子供たちを天から預かるだけでも精一杯のところ、
よそさまのお子さんを、たとえ短時間でも預かるのは、
私にとって責任が重すぎると感じていたのだ。

今、やっと子供たちが成人する頃となり、
責任の半分を果たした気でいる。

これから、彼らが社会人となり、
少しでも社会に貢献できる人間になるまでは、
まだあと半分の責任が残っている。

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卒業スライドショー

子供の高校の卒業パーティーで、
上映するスライドショーを作成する準備をした。

写真は先生がたや、
子供たち、保護者から集めて選定し、
作成を引き受けてくれた方へ渡す。
素人3人で2日間6時間ずつ、
計12時間かけての作業。

2009年の3月で卒業する子供たちが、
2006年、2007年、2008年に
よく聴いた曲を提出してもらい、
BGMとして使用することにした。

子供たちの目線で、いろいろな曲と出逢う。

新しい風が私の中に吹くのを感じる。
新鮮なエネルギーに満ちてくる。
彼らの感性と視点を分けてもらえた気がする。

想い出の写真300枚と、
選んだ4曲の15分余りのスライドショー。

共に過去を振り返り、
共にいろいろな感情を感じ、
そのままを受け入れて、笑って、泣いて、
お別れをしたい。

明日からそれぞれの道をいく前のひとときに、
心と心でハグし合いたい。
子供たちと、先生たちと、ママ仲間たちと。

ありがとう♪

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子供の受け取り方さまざま

子育ては、親育てだと言われる。

本当にそうだなぁとつくづく思う。

子供によって、親の意図が伝わるときも、
全く伝わらない一方通行のときもある。

3歳までに、良い悪いの判断を身につける躾が、
必要だと信じていた私は、長男が悪いことをすると、
私のクローゼットに入れ、反省を促した。

私の意図通り、
本人は真っ暗い中、かなり強く反省をしているらしく、
大きな声で泣き、私を呼んでごめんなさいと言った。

クローゼットを開けて、再度してはいけないことを伝え、
理解できたと判断したら抱きしめて、
一緒にお茶を飲む、という一連の流れがあった。

当然、下の娘にも同じような流れを想定し、
悪いことをした際、同じようにクローゼットに入れた。

すると、

まるでアトラクションにでも入ったかのような態度!
ふん、ふふん、ふん♪という鼻歌が聞こえ始め、
どうやら私の服の間で遊びを考えついたようだ。
開けてみると、にや~っと笑い、ぴょんっと飛び出てきた。

思わずふき出してしまい、ダメだこりゃ。

かくして、娘に対する良い悪いを伝える手立てを
考えなければならなくなった私だった。

10人いれば、10通りの子育てが必要なのだと、
そのとき痛感した。

子供たちが思春期に入ってから、
アストロリレーションに出会ったわけだが、
性格の違いで、ものの見方や捉え方が全く違うことを知る。

親は、自分の価値観を広げて、
子供の育て方を、工夫する必要がある。

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先祖から子孫へ

親が自分にしてくれたこと。
親が自分にしてくれなかったこと。

放っておけば、面白いほど、
同じことを子供にしていることに気づく。

先祖から親へ、親から自分へ、
自分から子供へ、子供から子孫へ...

この流れの意味は、進化という道のり。

進化、成長させたいのであれば、
同じことを繰り返しているだけではいけない。

古き良き伝統を守りながらも、
自分が学習したものを組み込んで伝えていきたい。

放っておけば、
同じ過ちもまた繰り返すことになる。

だから、

間違った部分は自分の代で食い止め、
新たな良い習慣をできるだけ学習し、
その良い習慣を子孫へとつないでいきたい。

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節目に思う

節分を過ぎると長女のお雛様を飾る。

お雛様をしまうと、今度は、
長男の初節句に贈られたカブトの出番だ。

Kabuto

このカブトをしみじみ眺める。

改めて支えてきて下さった
周囲の方たちに感謝の気持ちが蘇る。

本当にありがとうございます。m(_ _)m

子供の健やかな成長を願って…
という当初の目的は、
今年でいよいよ成人式を迎えるので、
卒業なのかもしれない。

それでも、

これからも毎年、
いろいろな思いを込めて飾っていこう。

そんなことを決めた今年の5月。

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三つ子の魂

年を重ねていくと、
だんだんと子供にかえっていくようだ。

周りの大先輩方を見回しても、
どうも生活のパターンとか、
食べ物の好みだとか、
コミュニケーションの仕方など、
小さな頃に躾けられたものがむき出しになっていく。

社会に出る前の家での教育は、
生涯を通じる指針になるんだなぁ…とつくづく思う。

子供たちの後ろ姿を見送りながら、
何だか気が引き締まった。

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養分の違い

植物を育てるときには、
冬に種を蒔くと良いとか、
水分を絶やしてはダメとか、
肥料は少しでいいけれど陽のあたる場所に置けとか、
いろいろな違いがある。

子育ても子供によって、
言葉で説明するのが必要な子、
ポイントだけ伝えれば一を聴いて十を知る子、
厳しく言うと頑張る子、
常に褒めた方が伸びる子、
説明するより一緒にいると安心して前進する子、
などなどなど…いろいろな違いがある。

全ての蕾をその花らしく開かせていかれるように、
そして何よりしっかりと大地に根付くように、
養分を与えていきたい。

冬の寒さにも耐え、
夏の暑さにも元気ですくすく伸び、
その子の季節に本来の美しさで輝いて欲しい。

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成熟の度合いによって言葉を選ぶ

子供という生き物は、
純粋無垢に親の愛情を受け取るし、
親のために何かしたいと願う。

親の一部で在りたいとさえ感じる子もいる。

まだ二番目の子供がお腹にいた頃、
定期健診で私は産婦人科に行った。

待合室で外国人の母親と3歳くらいの男の子がいた。
"belong to~"(~に属している)を説明している絵本を、
寄り添いながら母親が読み聞かせていた。

その男の子がハッと嬉しそうに顔をあげると、
「僕はマミーに属しているんだね♪」と言った。

あまりのいとおしさに私の口元はほころび、
走りよって抱きしめたい衝動が起きた。

するとその母親は強い口調で、
「いいえ。人は人には属さないのよ。いいわね?
あなたは私には属していないの。」と言い放った。

ママの価値観が伝わってくる力強い言葉だった。
大事なことを伝えなければ…という使命感さえ感じた。

けれども、

私はそのときの男の子の心細そうな顔が忘れられない。
彼は新しく「属する」という言葉が加わった、
彼なりの限られた語彙の中で、
ママが大好きと言いたかったように感じた。

私だったら、3歳の子供にどう伝えるだろう。
ぎゅっと抱きしめた後、
「嬉しい。そんな風に感じてくれてるのね。」
と目を見て伝え、安心をプレゼントしたい。

しかし8歳の子にはどう答えるだろう?
12歳の子には?

時々思い出しては考える。

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一緒に行こうよ。

気温34度状態のこの夏のある日、
冷蔵庫が壊れた。

どうやら寿命らしい。

中の温度がどんどん上がっていくので、
食品が奇妙な状態に変化していく。ひえ~
一刻の猶予もない。早く新しいものを買わなくては…!

頭の中はパニック。
それなのに、こういうときになぜか一人で行動できない。
主婦歴何年なんだ私は、と猛烈自己ツッコミ。

だって、だって、家族みんなで使うものだし、
冷蔵庫といえば、かつては「れいこちゃん」と呼び、
5人目の家族くらい私たちに近い存在だったし、
新しい家族を迎えるのに私一人では決められないし…
などなど言い訳が頭をめぐる。

…というわけで、

夫が留守中だったため、長男に、
「悪いんだけど、一緒に坂の下の
電化製品屋さんに行ってくれる?」ときいた。

すると、

私の心細さを察したのか、蠍座の長男は、
「うん、いいよ。大事なものだし、一緒に行こうよ。」
と返事をくれた。

息子の成長を感じて、なんだか嬉しくなった。

※冷蔵庫は調子が悪かっただけで、
夫がコンセントを一度抜いて、
入れなおして様子をみたところ復活。
余計な出費もなく、胸をなでおろしました。

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理性と感情の使いどころ

この子が成長するためには、
どうすれば良いだろう、
と真剣に理性を使って考える。

子供が「聴いて、聴いて!」と、
嬉しそうに親の元にきたときに、
感情を使って共感する。

でも、

親が自分の思い通りにならないときに感情を使い、
子供が共感を求めてきたときに理性を使ってしまう、
そんな逆をやってしまうことが多いみたいだなぁ…

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子供によって育て方が違う

アストロリレーションを学んで、
本当に良かったと思うことは多々あるが、
その中の一つに「子育て」がある。

子供によって性格はまちまち。
だから伸びる言葉や対応も違うということを知った。

私自身、手探りで向かい合い続け、
正しかったか正しくなかったのか…

二人の子供たちはまだ社会に出ていないし、
果たして正解があるのかどうかもわからないが、
少なくとも子供の成長を考える際に、
いつでもベストを尽くしたいと願うのが親心だ。

占星学では、0歳から7歳までは、
「月星座」が深く関わる、といわれている。
その時期には、子供の月星座を理解し、
それを伸ばす努力を親がしたかどうかで、
大人になってからの伸び方が違う。

確かに周りを観察してみても、
親御さんがどのように接してきたかによって、
同じ星座を持っていても、
ずいぶん成熟度合いが違ってくるようだ。

思春期は思春期で、
水星星座やら、金星星座が伸びる時期。
そのことを知っているかどうかでも、
ずいぶんと反抗期への対処の仕方もわかると思う。
親として、よそ様のお家と比べる必要もなく、
どっしりと構えていられる気がする。

育児書は数多くあれど、アストロリレーションは、
オーダーメイドな育児書でもある、と思う。

※ご興味のある方は、
基礎講座を受講してみてくださいね♪
きっとおわかりいただけると思います。

11月17日(土)10時~17時に開催します!
アストロリレーション基礎講座

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育児考

まだ20代だった頃の自分を
思い出すだけで恥ずかしくなる。

若さゆえ青い母親だった私は、
正しくあらねば、いい母親をしなくては…
と肩に力が相当入っていた。

それも良い子に育って欲しい、
良い人間になって欲しいという目的があるからこそ。
それ以外の余裕を持つことができない、
不器用さがあったと反省する。

今、子育ての終盤戦を迎えている。
二人の子供が二十歳になるまであとわずかだ。
自分の体験から、また周りとのやり取りの中で、
育児に対して考えが少しずつまとまってきた。

それは、

・母親自身の私が自分らしく生きること。
・そのままの自分で子育てに携わること。
・子供たちによって違う資質を見極め、
 あるがままをただただ愛すること。
・持っているぴかっと光るものを引き出す、
 という意識を持ち続け接すること。

結果は、彼らが社会人としての
これからの在り方にかかっているわけだが…
その経過を見守るのもまた親としての務めであり、
楽しみなのかもしれない。

自分の信念の軸がぶれなければ、
あとは枝葉に過ぎない気がするこの頃。

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親の背中

息子の大学進学に際し、
お祝いに…と実家の母が、
スーツやYシャツ、ネクタイなどの小物を
揃えるために横浜からやってきた。

母も私も試着に付き合い、全てが揃ったところで、
当の息子は頭を下げお礼を言って先に帰った。
その後、母と私は喫茶店に入りお茶を飲んだ。

「今度は下の娘だわ。」と、
長女が抱えている課題や進路に関して話し、
こうしようと思う、ああしようと思う、
と私なりに考えている対策を話した。
黙って聴いていた母は静かに、
「親の背中を見せていれば大丈夫よ。」と言った。

「うんにゃ~この背中だからダメなんじゃない、とほほ~」
と思わずこぼれそうになった言葉を飲み込んだ。

何だか背筋が伸びる思いがした。

子供にばかりベクトルを向けて、
何をしようかと考え続けるよりも、
前を向いて自分が自分のやるべきことをする。
そんな基本を思い出した。

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清清しい風景

元日のお参りの後、
三人の甥っ子たちの凧揚げを見に、
公園にくっついていった。

義弟や義妹たちも一緒に走っている。
私はベンチに座り、皆の上着とバッグの
見張り番をしながら、その様子を見ていた。

しばらくすると、

小学3年生の甥の凧が急に落下し、
竹ひごの尖った部分がたまたま通りかかった
同じくらいの男の子の顔を直撃した。

ティッシュをバッグから出して、
私が立ち上がろうとしたところ、
その男の子のそばにいた義弟と義妹が、
事態に気づき、すぐにその男の子に駆け寄った。
謝った後もサッカーボールで遊ぶその子の様子を
しばらく大丈夫かどうか見ている。
私はまた座り直した。

そんなこととは知らずに、
小学3年の甥っ子は相変わらず、
地面につきそうな凧を半ば引きづるように走っている。

義弟がそれを制し、
自分の息子に状況を話し謝るように促した。
甥は、はじめは身体をぐにゃぐにゃさせながら、
躊躇していたが、すぐに吹っ切れたように、
その子の近くまで走っていった。

直立不動の態勢をとり一呼吸置くと、
手を脇にその男の子に向かって
大きな声で「ごめんなさい!」と言って、
深く頭を下げた。

すると、

その男の子も、サッカーボールを蹴る足を止め、
甥の方に向かって姿勢を整えると、
同じように丁寧に頭を下げた。

遠くで起きているその情景に、
私は泣きそうになった。

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ぐんぐん伸びていいからね。

子供たちがまだ小さい頃、
私は心の中でいつも、
「ぐんぐん伸びていいんだからね。
どんどん成長していいんだからね。」
と呪文のように唱え願っていた。

そうしたら、本当に背が伸びた。(笑)

単純だけれど効果的な呪文。
たとえ心の中でも、ああしちゃダメ、こうしちゃダメ、と
親が思っていることには、子供は敏感だ。

どの子供も、小さい頃は、
親の良い子でいたい、と心から願っている。
そして、親の期待に沿おうと頑張ってしまう。

だからこそ、親は心の底から笑顔で、
「ぐんぐん伸びていいんだからね。」と念じるのが効果的。
ブレーキを踏みながらアクセルを踏むのでなく、
ただまっすぐにアクセルを踏むような想いを掛ける。

目を掛け、気を掛け、ちょっとだけ手をかけ、
後は自分でさせれば、子供は、伸びて、成長して、愛を知る。
そして、今度は周りに同じことをし始める。

今日も私は、「ずっと観てるからね。
どんどん成長していいからね。」と心の中で唱えている。

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耐震強度

子供たちが中学生の頃、
なぜ高校に行って勉強しなくちゃいけないのか?
という質問を受けた。

う~む…
考えた末、喩え話をした。

自分の使命を感じられる仕事を建物に喩えてみる。

小学校のうちは地面にできるだけ広く深く穴を掘る時期。
中学校になると、頑丈な骨組みを地面に埋める。
できるだけ頑丈なものがいい。
後から建てる建物がどんなものでいいように。
高校になると、いよいよ建物をどんな風に建てるかを
考える。四角い建物がいいのか丸いのがいいのか。
大きいのか小さいか。そのための材料も揃えていく。
そして大学や大学院でいよいよ建て始める。

小学校のときにどれだけ掘ったか、
中学校のときにどれだけ骨組みをしっかりしたか、
高校生のときにどんな建物を建てたいかはっきりし、
どれだけ材料を揃えたか、大学や大学院で
実際にどれだけ丁寧に建てるかどうかで
出来上がりの質も量も違ってくる。
社会人になったら、その家にいろんな人を招いて、
より一層住みやすく手直ししていく。

勉強をするのは、選択肢を増やすため。

途中ではっきりとどんな家にしたいかをしぼれたらラッキー、
それに向かって一生懸命になればいい。
でも、まだ見つかってない場合、
勉強しないと、ぶーふーうー(三匹のこぶた)の
ぶーの家しか建てられなくなってしまう。
つまり、選ぶ範囲が極端にせまくなっていく。
自分がしたいこと、できること、するべきことを
見つけていくために勉強をする。

選ぶ範囲をうんと広げて欲しい。
そのために勉強をして欲しい。
心身ともに強い人間に育って欲しいし、
使命感を持てる仕事で社会に貢献して欲しい。
自分にしか建てられない家にして人生を楽しんで欲しい。

そう伝えた。

100年経っても受け継いでいってもらえるような家にして欲しい。

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