眠れないほど考えてくれる人

浪人の娘を心配して、
ある方が電話してくださった。

娘に厳しい言葉も掛けてくださる方。
本気で頑張れと応援してくださる方。
本当にありがたい。

今まで、私は母親として、
娘を自分なりに守ってきた。
けれども、社会にも彼女の力になり、
本気を贈ってくださる方がいる。

協力者を得て、少しずつ、
彼女の足で歩き始めている。
彼女が巣立つ準備が始まっているのを感じる。

私は、もともと手綱を強く引くことはしてこなかったが、
おそらく、大学に入れば、
一層緩めていくことになるだろう。

彼女自身に、
その手綱を持たせることになるだろう。

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子供のこと

過保護にならないように、
できるだけ手を引き、言葉を控える、
そんな子育てを心がけてきた。
間違いも多くあったに違いない。

何が「正しい子育て」なのか。
「人として」など、大まかな共通点はあるのだろう。
でも、子供の資質、親の資質や環境によって、
その家庭、その親子によって、
細かい詰めの部分は全く違って良いのだと思う。

我が家が、これでよかったかどうか、
それは、子供たちの将来の生き方をみれば、
良かった点、反省点が見えてくるだろう。

親となった人間は、
一生、子供たちを見守っていくことになる。
そういう生き方を選んだことを、
時には苦しい試練として、
時には無上の喜びとして。

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子供の思わぬひとこと

「こんな娘に育ってごめんなさい。」

18歳の娘の悩みを聞いていると、
思いがけず、私に向って、そんなことを言った。

私は無意識に、
大きな期待を子供達に掛けて、
プレッシャーにしてしまっているようだ。

あなたの命や資質に関して、
誰に対しても謝ることなど何ひとつない。
たとえ私の知らない自分の世界を持っていようと、
それをほじくってどうこう言おうという気持ちはサラサラない。
ただ、今は特に成長過程、発展途上だから、
受験など、ホントに手に入れたい目標に対して、
色々なやり方での間違いはあるだろう。
間違ったと思ったら、反省して前に進むしかない。
そういう意味で、世の中甘くない。
わかっている、と言うならやれ、
というのが大人の世界。
行動にして初めて認められるもの。
…ま、全て、私自身の経験なんだけど、ね。

…てな感じで話した。

子供は思わぬ思考回路で、
自分自身を責めていることがある。

しかし、

責め続けても、壁は打ち破れない。

壁を打ち破り、前進するためには、
我が家では、親の伴走がまだしばらく必要のようだ。

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潤う時間

20歳の息子と18歳の娘。

子供たちとじっくりと話す時間は、
喜びに満ちた私の潤いの時間。

小さい頃には話せなかった心のヒダヒダまでを、
人間同士打ち明けあって、励ましあって。
彼らの考え方に触れ、
ほ~っこんなにも成長しているんだ...と、
眩しく頼もしくなる。

少しばかり先に生まれた私が、
アドバイスできるのは、あと何年だろう。
その後はきっと彼らからアドバイスをもらうことになるだろう。

彼らにしかない体験をこれからも積み上げ、
どんどん大きくなって欲しい。

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ベビーシッターできない理由

NYの高校生時代、週末になると、
気軽にベビーシッターを引き受けていた。

けれども、

実際に自分の子供ができてからは、
心理的に他のお子さんの、
ベビーシッターができにくくなった。

子供たちが幼稚園に入る前も入ってからも、
知人同士お互いに子供を預けあうということもあったが、
その度に、私は心が重くて仕方なかった。

子供の命を預かることに責任を重く感じていた。

子供は国の宝だ。
時代錯誤的な言葉だが、
あえて、新しい気持ちと感覚で使いたい。
本当にそうだから。

自分の子供たちを天から預かるだけでも精一杯のところ、
よそさまのお子さんを、たとえ短時間でも預かるのは、
私にとって責任が重すぎると感じていたのだ。

今、やっと子供たちが成人する頃となり、
責任の半分を果たした気でいる。

これから、彼らが社会人となり、
少しでも社会に貢献できる人間になるまでは、
まだあと半分の責任が残っている。

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卒業スライドショー

子供の高校の卒業パーティーで、
上映するスライドショーを作成する準備をした。

写真は先生がたや、
子供たち、保護者から集めて選定し、
作成を引き受けてくれた方へ渡す。
素人3人で2日間6時間ずつ、
計12時間かけての作業。

2009年の3月で卒業する子供たちが、
2006年、2007年、2008年に
よく聴いた曲を提出してもらい、
BGMとして使用することにした。

子供たちの目線で、いろいろな曲と出逢う。

新しい風が私の中に吹くのを感じる。
新鮮なエネルギーに満ちてくる。
彼らの感性と視点を分けてもらえた気がする。

想い出の写真300枚と、
選んだ4曲の15分余りのスライドショー。

共に過去を振り返り、
共にいろいろな感情を感じ、
そのままを受け入れて、笑って、泣いて、
お別れをしたい。

明日からそれぞれの道をいく前のひとときに、
心と心でハグし合いたい。
子供たちと、先生たちと、ママ仲間たちと。

ありがとう♪

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子供の受け取り方さまざま

子育ては、親育てだと言われる。

本当にそうだなぁとつくづく思う。

子供によって、親の意図が伝わるときも、
全く伝わらない一方通行のときもある。

3歳までに、良い悪いの判断を身につける躾が、
必要だと信じていた私は、長男が悪いことをすると、
私のクローゼットに入れ、反省を促した。

私の意図通り、
本人は真っ暗い中、かなり強く反省をしているらしく、
大きな声で泣き、私を呼んでごめんなさいと言った。

クローゼットを開けて、再度してはいけないことを伝え、
理解できたと判断したら抱きしめて、
一緒にお茶を飲む、という一連の流れがあった。

当然、下の娘にも同じような流れを想定し、
悪いことをした際、同じようにクローゼットに入れた。

すると、

まるでアトラクションにでも入ったかのような態度!
ふん、ふふん、ふん♪という鼻歌が聞こえ始め、
どうやら私の服の間で遊びを考えついたようだ。
開けてみると、にや~っと笑い、ぴょんっと飛び出てきた。

思わずふき出してしまい、ダメだこりゃ。

かくして、娘に対する良い悪いを伝える手立てを
考えなければならなくなった私だった。

10人いれば、10通りの子育てが必要なのだと、
そのとき痛感した。

子供たちが思春期に入ってから、
アストロリレーションに出会ったわけだが、
性格の違いで、ものの見方や捉え方が全く違うことを知る。

親は、自分の価値観を広げて、
子供の育て方を、工夫する必要がある。

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先祖から子孫へ

親が自分にしてくれたこと。
親が自分にしてくれなかったこと。

放っておけば、面白いほど、
同じことを子供にしていることに気づく。

先祖から親へ、親から自分へ、
自分から子供へ、子供から子孫へ...

この流れの意味は、進化という道のり。

進化、成長させたいのであれば、
同じことを繰り返しているだけではいけない。

古き良き伝統を守りながらも、
自分が学習したものを組み込んで伝えていきたい。

放っておけば、
同じ過ちもまた繰り返すことになる。

だから、

間違った部分は自分の代で食い止め、
新たな良い習慣をできるだけ学習し、
その良い習慣を子孫へとつないでいきたい。

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節目に思う

節分を過ぎると長女のお雛様を飾る。

お雛様をしまうと、今度は、
長男の初節句に贈られたカブトの出番だ。

Kabuto

このカブトをしみじみ眺める。

改めて支えてきて下さった
周囲の方たちに感謝の気持ちが蘇る。

本当にありがとうございます。m(_ _)m

子供の健やかな成長を願って…
という当初の目的は、
今年でいよいよ成人式を迎えるので、
卒業なのかもしれない。

それでも、

これからも毎年、
いろいろな思いを込めて飾っていこう。

そんなことを決めた今年の5月。

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三つ子の魂

年を重ねていくと、
だんだんと子供にかえっていくようだ。

周りの大先輩方を見回しても、
どうも生活のパターンとか、
食べ物の好みだとか、
コミュニケーションの仕方など、
小さな頃に躾けられたものがむき出しになっていく。

社会に出る前の家での教育は、
生涯を通じる指針になるんだなぁ…とつくづく思う。

子供たちの後ろ姿を見送りながら、
何だか気が引き締まった。

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