2009年4月18日 (土)

現場でこそ磨かれる

学問が何のためにあるかと言えば…

私にとっては、
日常生活をより質の高いものにするため、だ。

ある程度の知識を得て、
それが血となり肉となった自分が、
実生活の現場で活かしてこそ、
初めて「わかった」ことになる。

知識は、料理の材料のようなもの。
料理のレシピを教えてもらい、
味見をしながら、実際に作っていくのが日常。

知識は、また、原石のようなもの。
現場で磨かれることで美しく輝く。

学問は得れば得るほど、
実践を積めば積むほど光る。
本の中の文字という二次元の世界が、
人間の中で立体感を持って生きてくる。

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2007年6月 5日 (火)

使いこなすまで

アストロリレーションの黒澤美姫
占星学と化学の共通点を時々話す。

例えば、化学で莫大な量のある化学式を
全部覚えるのは困難極まりないが、
どれとどれをあわせるとどうなるという
基本のしくみがわかれば、後は応用できるという。

人間においても、勿論人の数だけ性格も違う。
全ての人を全部理解するなんてことは在り得ない。
しかし、基本のしくみ=化学式を知っていれば、
その人のおおよその特質を推理することはできる。

アストロリレーションは、占いとは違うが、
仮に「当たっていない。」と感じるならば(笑)
それは、その人が持っている自分の化学式を
理解できずに生かせていないのかもしれない。
その資質を持っているのだから、
今後その面を伸ばせる可能性があると考えられる。

ひとつの化学式にこだわるのもよし、
たくさんの化学式をできるだけ多くこなすのもよし。

人間関係の化学反応は、知れば知るほど奥が深い。

使われてしまうのではなくて、
使っていくことができればなお面白い。

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2007年2月25日 (日)

代返

この歳になって、代返ができるとは♪

昨年の話になるが…
パートナーが海外出張だったため、
あるシリーズものの講座の一つを、
代わりに受講するチャンスを得た。

日本橋の新しいビル内の、
「都の西北」な大学院に、ドキドキしながら入っていくと、
受付係に「こちらです、どうぞ!」と促され、教室に入る。

久しぶりの「学校」♪
久しぶりの「講義」♪

内容そのものよりも、
その状況に少なからず酔いながら周りを見渡す。
30人余りの社会人生徒さんたちが、
それぞれの表情で先生を待っている。

いよいよ関西から招かれた教授登場。
10分の休み時間をはさんで、1時間半の講義が2回。

休み時間には廊下をくまなく歩き、
そこで勉強する大学院生たちをチラチラ観察。
お手洗いも最新式で、学ぶ環境として申し分ない。
気分は、同じ22,3歳くらいでウキウキ♪

授業再開。
後で内容を説明できるように、
テキストに、どんどんメモを書き込んでいく。
素人の私でも理解できる内容がありがたい。

帰り際、
廊下からエレベーターホールに
出るドアが防犯のため、ロックされていた。

私はどのように開けてよいかわからず、
がちゃがちゃ、もたもたしていると、後ろに
4,5人の男子学生が並んでしまい焦る。
開けかたを教えてもらってお礼を言った瞬間に、
シンデレラのような魔法の時間は消え、
実年齢に舞い戻った。(笑)

それにしても、

未知なる場所で、
新しい知識を得ることは、とても刺激的。
この感覚、やみつきになりそうだ。

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2006年12月30日 (土)

水面の華、水中の努力

例えば…

シンクロナイズドスイミングにおいて、
水の中は、裏方、縁の下の世界。
水面に現れる華やかな「陽」という結果を支える
「陰」の部分だ。

物事の本質が見えてない者の特徴として、
水面に現れる華やかな世界のみをもって
「見えている」と勘違いしていることが多い気がする。
「陽」だけに重きが置かれるバランスの悪い状態だ。

本当に見えている人は、
水中をはじめ、シンクロの選手の
日々のたゆまぬ努力に思いを馳せ、
さらには、シンクロ以外の競技についても、
多少の知識を持った上で、
水面の華を見て、感動し、話をする。
「陽」をできるだけ大きく輝かせるには、
それ相応の「陰」が必要なことを充分知っているのだ。

しかし、

「陽」にのみ価値基準を合わせる者は、
ただ、水面の上で行われる技術や名前を
知っていることを自慢したり、
そうしない者をバカにしたりすることがある。

もっと大きな世界を見てきた謙虚さゆえ
敢えて「陽」のことを口にしないという事が、
理解できないのだ。

「知っているつもり」
「できているつもり」が一番恥ずかしいことだ。
実は、自分が一番見えていない人間かもしれない…
いつでもそう省みながら、一歩でも上を目指したい。

「陽」を輝かせるだけの、
充分な「陰」を潤していきたい。

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2006年12月28日 (木)

本当の教育

本当の教育を授かった人は、
「自分はまだ知らない」分野がある事を知っている。

興味深いことに、
質の高い本当の教育を受け、
それを自分のものにした人には共通の特徴がある。
それは、見せかけでない、本当の謙虚さ、だ。

本当の教育は、
必ずしも「いい学校」で習えるものではないし、
お金を持っているから手に入れられる、
というわけでもない。

それは、自分にとっての師が、
目の前に現れたことを認識できるかどうかの感性と、
その教えを吸収できるどうかの素直さにかかっている。

本物の師は、「本物の師」という名札もつけていないし、
先生っぽく偉そうにしているわけではないので、
しっかりと心の眼を開かなければ見過ごしてしまう。

私は、「本当の師」には二種類あると思っている。

一つは、本気で私を愛し、信じてくれる、
魂にまで自然に呼びかけてくれる人間の師だ。
(反面教師という手もあるのだが、
私はやっぱり飛躍的に伸びるのは、
愛されてこそ…という気がする。)
そして、もう一つは大自然や物事のしくみだ。

いずれも、自分の体験を通じて、
苦しみも経験しつつ、心身を全てを使い、
理屈を超えて身体で知っていく質のものだ。

本当の教育は、良心を耕していく。
真に「人間道」を進むことにコミットした人間にのみ、
門戸が開かれる。

本当の教育を常に受け取る者になりたい。
本当の教育を授けられる者になりたい。

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2006年12月21日 (木)

学ぶ者は学び、学ばぬ者は学ばない

学びは、格差ができてしまうもののようだ。

つまり、

学ぶ者は、学ぶしくみを身につけているので、
日々の体験から学習する。
たとえ、苦しくても昨日までの自分を捨て、
今日得た新しいものをまとう勇気がある。
だから、どんどん前進し、精神が進化する。

しかし、

学ばぬ者は全く学ぼうとしない。

そして、一層ややこしいのは、
自分が学ぶ者だと信じて疑わない学ばぬ者だ。

自分の耳が心地良いように、教えを歪めて聴き、
体験を肯定的にしろ、否定的にしろ、
頑なに自分の思い込みによって、
自分の狭い知識と感覚だけでしか受け取ろうとしない。
いつまで経っても自分が一番賢いという考えを捨てられない。
昨日も今日も明日も、いつでも自分が正しいのだ。

恥ずかしいことに、
自分が長い間、そうだったからわかるのだ。
油断していると、すぐに思い込みの小さな殻に
閉じこもってしまいそうになる。

学ぶ者のしくみを、
自分の中のプログラムとして、
しっかりと組み込んでしまうことが必要だと思う。

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2006年9月22日 (金)

専門用語乱発

新しい技法やスキルなどを学ぶと、
様々な専門用語を使うようになる。

学びはじめのうちは、
私はその専門用語を使うと、
何だか自分がちょっと偉くなれたようで、
嬉しくて日常生活でも乱用するようになった。(笑)
若気の至りの当時、家族にもまわりの人にも、
ずいぶん迷惑を掛けたのではないかと反省…。

どの世界でも通じると思うのだが、
その道に精通する優れた人間たちを観察すると、
その人ができる人であればあるほど、
専門用語や業界用語を使わなくなるから不思議だ。
むしろ、中学生でもわかるような普通の言葉を使う。

守、破、離 に喩えるなら、
守で、専門用語を使うことでその世界の学びを深め、
破で、意識してその用語を自分の言葉に消化させ、
離で、完全に自分の血肉として自分の世界を生きる。

どうせ学ぶのなら、
常に離の領域を目指したい。

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2006年4月23日 (日)

スモールワールド現象

スモールワールド現象。

数学者Duncan J. Watts(ダンカン・ワッツ)の
定義によると、この世のいかなる人間とも、
間に6人介すればたどり着く、という
不確かな概念を形式化するもの、とのこと。

つまり、

自分の知り合い、そのまた知り合い、
そのまた知り合い...とたどっていくと、
6人目には全世界の人とつながるらしい。

ま~すごい♪

これを聞いた時、何だかワクワクしてしまった。
世の中広いようで狭い...は、まんざらウソではないらしい。

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2006年4月20日 (木)

ディズニーの戦略

NLP(神経言語プログラミング)のロバートディルツ氏は、
世の天才と呼ばれる人たちを分析研究している。

その中の一人ウォルト・ディズニー。
ディズニーランドが成功したのは、
「ディズニー・クリエイティブ・ストラテジー」と
ディルツ氏が呼ぶ三位一体の働きがあったからと説明する。

・ドリーマー(夢想家)
・リアリスト(現実家)
・クリティック(善意の批評家)

ウォルトディズニー自身は、ドリーマーだったが、
その兄弟や弁護士など彼の周りの人が
リアリストやクリティックの役目を果たし、
この三者が夢を共有し、行動を重ね、
フィードバックを反映させ協力し合ったからこそ形になった。

この3つの要素は、一人の人間の中にもあり、
自分のビジョンを実際に形にしていくプロセスに役立つ。

てんびん座を多く持つ私は夢見がち(ドリーマー)
だったり、客観的に批評(クリティック)ばかりして、
なかなか行動家(リアリスト)になれない。そこで、最近は、
自分の金星、火星さそり座を行動家(リアリスト)として
使えたらいいな、と意識し使い始めている。
絶対に諦めないで続けるというさそり座パワーを
行動家(リアリスト)として、自分なりの三位一体を作ってみたい。

自分が思い描いた夢や目標を実際の行動に移し、
省みながら一歩でも前進していきたい。

参考文献:
Strategies of Genius Robert Dilts
 Chapter3 p.161~
・『NLPでリーダー脳力をグングン高める法』
 武井一喜著 VOICE 第6章 p.133~

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2006年4月13日 (木)

運気をつかむ

私は以前、占星学のことを
“単なる占い”だと思っていました。

人を12のパターンに押し込め、
決め付けられるのが不愉快でした。
そのくせ、何だか気になってしまう時もあり...。

こうした占いのパターンですが、
1920年代にNew York Timesのコラムで
初めて12星座に分けて紹介されたそうです。
一般の人にも読みやすいし、編集もし易いので、
重宝がられたのかもしれません。そのため、
占星学の奥深さよりも、お手軽な気晴らしとして
扱われるようになり、世の中に浸透していったようです。

占星学を黒澤美姫から少しずつ教わるにつれ、
本来、星は宇宙の秩序やしくみを教えてくれる
道しるべで、気晴らし程度の感覚で向き合うのは
本当にもったいない知恵の宝庫だとわかりました。
12星座だけだと思っていた星座の組み合わせは、
太陽から冥王星まで何億にもなり、アスペクトと呼ばれる
角度まで含むとその組み合わせは無限大と知りました。
いやはや、無知って怖いですね。
自分の認識の低さに恥ずかしいやら、びっくりやら...

例えば、月星座。地球に一番近く、潮の満ち引き
にも影響を及ぼしています。感情や人の潜在的な部分を
司る星として昔から観察されてきました。
月星座は2、3日に一度変わります。
気分が乗る日、乗らない日も、意識してみると、
自分の資質とこの月星座の「相性」も多分に
関係しているようです。周期的に訪れる月のものの
体験から、女性の皆さんには、日によって違う
この感覚を理解していただけるのではないかと思います。
月星座にもテーマがあるので、そのテーマに合わせて
予定を立てることもできます。

運気をつかむということは、
自分の資質と現状を見極めることと、
このように宇宙が変化する毎日の中で
自分がしたいこと、しなければならないことを
丁寧に積み重ねることだと思います。

星だけのせいにしたり、誰かを頼ってばかり
では運気をつかめませんよね。自分自身で考え、
行動して初めて運気をつかめるのだということを
実感し、自分に言い聞かせる今日この頃です。

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