ストレートな求められ方
決める時に、決めて欲しい。
例えば、びしっと、
「君が好きだ。」
「君が欲しい。」(キャっ♪)とか。
ストレートにぶつかってこられると、
素直に受け取ってしまう。
(相手にもよるか…)
むか~しむかし、
ひとこと、男らしく、
「好きだ。」といわれたときには、
鳥肌が立ち、心が動いた前科がある。笑
美しい言葉で、
賞賛されるのも大好きだけれど、
いざというときの、思いを込めたひとことは、
最高に効く。
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決める時に、決めて欲しい。
例えば、びしっと、
「君が好きだ。」
「君が欲しい。」(キャっ♪)とか。
ストレートにぶつかってこられると、
素直に受け取ってしまう。
(相手にもよるか…)
むか~しむかし、
ひとこと、男らしく、
「好きだ。」といわれたときには、
鳥肌が立ち、心が動いた前科がある。笑
美しい言葉で、
賞賛されるのも大好きだけれど、
いざというときの、思いを込めたひとことは、
最高に効く。
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自分を許すことが一番難しかった。
40歳を過ぎた頃から、
少しずつ自分を許し始めた。
それまでは、自分への条件づけが多く、
がんじがらめの人生だった。
今までしてきた言動の数々、
選択、考え方、いき方全て、
そして、身体全体を許そうと決めた。
これでOKと。そのままを受け入れよう、と。
不一致な自分の心と身体が、
少しずつ少しずつ一致してくるのを感じた。
許すこと。
それは、イコール、受け入れること、
愛することなのかもしれない。
相手のことも、
自分のことも、
心から許せる私で在りたい。
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人を「大好き♪」と思う気持ちは、
結局、相手の刺激によって、
脳内のホルモンがドバーッと出るために、
「好き好き好き!!!」と思うわけで…。
なぜに、こんなに「好き好き好き!!」と思えるのか、
自分でもその瞬間が過ぎると不思議に思うのだ。
身体のしくみとは、ホントに摩訶不思議。
感謝したいことは、
「好き好き好き!!」と感じて、
ドバーッとホルモンが出ちゃうほどの人と、
出会えたという事実。
私の体内運動に手を貸してくれて、
どうもありがとう。ということなのだ。
「好き」という思いに関しては、
勿論、乙女心の切り口もある。
しかし、夢のない話かもしれないが、
結局、人間、お互いが、
ホルモンを出すお手伝いをし合っている。
それもまた事実。
これまでの人生で、
無事ホルモンを出せるような人と出会えたことに、
ひたすら感謝、そして、感激なのだ。
このことは、私にとって、
幸せの一番大事な要素だと思っている。
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自分は客観的に物事を見ている!
…と自信満々な人に限って、
「えぇ~うっそ~ん」と思うような言動が…。
例えば、子供のことになると、
途端に主観バリバリになってるけどなぁ…、
その人に向って何度も心の中でつぶやいた。
私も実は、比較的客観的かも、
なんて、思い込みをしてきた。笑
いやいや、いやいや、
ホント。
人間、どれだけ冷静を装っていても、
こと自分のことや、家族のことには、
主観的になってますぜ。と笑える。
訓練あるのみと思うこの頃。
様々な問題は、主観と主観のぶつかり合い。
客観性こそが解決のカギだと思う。
自分に対して、客観的に捉えて、
事実を受け入れ、行動できるかが、
前進できるかどうかの分かれ道なのだ。
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てんびんの私は、
無意識にバランスをとりたがる。
感情が過ぎれば、冷静に。
クール過ぎると、情をぶつける。
固いものには柔らかさを、
だらしないものは正しい抑制を…
現実に疲れている人には、
夢の世界を共に見られれば嬉しい。
balancer
こんな言葉はないかもしれないが、
ふとそんな風に感じた。
バランスをとる人。
バランスをとることが、
いつもいつも良いとは限らないし、
偏りこそが個性なのかもしれないけれど。
偏りが過ぎると人は壊れてしまうから、
私は、大勢の中で、あるいは、自分自身の中で、
バランスをこれからも、とっていくことになるのだろう。
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・自分に正直であること。
・本音に従って、ストレートに行動すること。
歪曲せず、難しく考えず、
ストレートに自分が欲しいものを手に入れる。
ある程度歳を重ねてくると、
常識や知性や理性に阻まれやすい。
そして、またもっと歳を重ねると、
本音で生きることを学んでいく。
理性は、本能が正しく機能してこそ働ける。
まずは、本能に正直に…。
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仕事も、他の予定もない、ある日。
朝からゆっくりと洗濯をして、
繕いものをしたりで、のんびりムード。
急ぎで洗濯を頼まれた、
娘のブラウス一枚が、
開け放した窓の網戸ごしになびいている。
風に乗って飛んでいるように。
緑の中を通ってくるこの風と、
かすかな洗濯石鹸の香りが、
穏やかな休日を一層幸せにしてくれる。
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「自然」と一緒にダンスを踊るように、
生きるのは素晴らしい。
そして同時に、
人が人たるものも大切にしたい。
自然界での人の存在理由はなんだろう?
人間同士が解け合う瞬間があるように、
自然と溶け合う瞬間を体験したい。
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「皆、人柄で仕事をしている」
何かの本に書いてあったが、
本当にそうだな、と思う。
そして、
できる人に共通するのは、
保身からでなく本心から、
相手を尊重する姿勢の表れとしての「腰の低さ」。
その道のプロとして成功する本物は、
仕事上の技術と比例するように、
人格の向上とコミュニケーション能力向上に余念がない。
この両方を磨くことで、確実に徳を積んでいる。
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温泉と言っても、ホントの温泉でなく、
ダンスを楽しんで、過ごす催し。
40分近く踊りづめでも、独特のリードで、
半日のワークが終わっても疲れなかった不思議。
おそらく自分の思い込んだ正しさから離れ、
カラダが求める動きを続け、
エネルギーがスコーンと通ったからだと思う。
カラダを好きなように動かすのは、
本当に気持ちがいいものだ。
カラダは頭以上に、命に必要なものを知っている。
カラダが柔らかくなると、
心までが柔らかくなる気がするこの頃。
明日から、カラダの自然な動きに任せてみよう。
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「こんな娘に育ってごめんなさい。」
18歳の娘の悩みを聞いていると、
思いがけず、私に向って、そんなことを言った。
私は無意識に、
大きな期待を子供達に掛けて、
プレッシャーにしてしまっているようだ。
あなたの命や資質に関して、
誰に対しても謝ることなど何ひとつない。
たとえ私の知らない自分の世界を持っていようと、
それをほじくってどうこう言おうという気持ちはサラサラない。
ただ、今は特に成長過程、発展途上だから、
受験など、ホントに手に入れたい目標に対して、
色々なやり方での間違いはあるだろう。
間違ったと思ったら、反省して前に進むしかない。
そういう意味で、世の中甘くない。
わかっている、と言うならやれ、
というのが大人の世界。
行動にして初めて認められるもの。
…ま、全て、私自身の経験なんだけど、ね。
…てな感じで話した。
子供は思わぬ思考回路で、
自分自身を責めていることがある。
しかし、
責め続けても、壁は打ち破れない。
壁を打ち破り、前進するためには、
我が家では、親の伴走がまだしばらく必要のようだ。
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年下のMさんは、
よくこの質問をしてくれる。
「JUNEさん、何が止めてます?」
思いをストレートに行動できる人。
ホントに羨ましい。
そして、この質問をされる度に二人で笑う。
「また、私の悪いクセね~。
今回の止めてるものはですね…」と続ける。
新しい分野で仕事をすることは、
結局この止めているものをはずすことだ。
ブレーキをはずして、アクセルを踏もう。
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人から学ぶことがなんと多いことだろう。
人と話していると、ハッと閃く。
人とエネルギーを通わせるのか、
何かがめぐるのを感じ、
自分が今まで使っていなかった、
脳内回路が開かれていくような感じ。
そして、
新しい知識なり、やり方なりを知り、
一歩また前に進める。
人と会うのは、やっぱり素敵!
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生まれてから今まで、
色々な体験をしてきました。
父の仕事の関係で、二度海外に住みました。
最近気づいたのは、
大きな体験の最後に残るものは、
「人」ということです。
体験を通じて、
必ず人との出逢いがあります。
学生生活でも、
親友と出逢いました。
海外生活の最大のお土産のように、
結婚相手と出逢いました。
心理学の勉強でも、その後の道を決めた
大事な人たちと出逢いました。
PTA会長時代にも、
大事な友人達を得ました。
体験の渦中にいるときは、
何だか必死に毎日を過ごしているだけですが、
その体験を振り返ったときに、
必ず残るのが 人 です。
それからの生涯も分かち合える大切な 人 です。
大きな人生の波の間には、
私にとって大切な出逢いが、
いつも待っていてくれることを知りました。
これからも、それが楽しみでなりません。
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どんどん気温が上がり、
午前中から30度にとどく勢いのこの季節。
年を重ねるにつれ、
冷房をできるだけ使いたくなくなってきた。
夏の外出時には、いつからか、
ストールかカーディガンが
必須アイテムとなるほど、
建物の中が異常に冷えていることが多い。
そんな中にずっと座ったままいると、
夕方には、必ず身体が冷えてしまう。
だから、
家にいるときくらい、冷房を全くつけずに、
汗をかきながら、ぼーっとする。
Tシャツを2,3回取り替えることも。
でも、その汗をかいた後、シャワーを浴びて、
夕方のひんやりした風に当たると、とても気持ちいい。
熱中症にならない程度に、
暑いときには暑く、
寒いときには寒く生活する。
そんなリズムを大切にしたい。
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例えば、一浪の娘の大学受験。
本人は、再挑戦したい学科が明確だ。
勉強したいこともはっきりしている。
「社会に出てから、その勉強は役に立たないから、
違う学科に行ったらどうだ?」という人がいた。
この選択は、よくよく娘が決めたことだ。
そんなに軽く変えられる目標ではない。
そして、これは、娘の人生だ。
役に立たないかどうかを決めるのも娘だ。
とはいえ、そうした意見も
オープンに聞かせ、その上で、
本人に決めさせることが、
私の仕事だと思っている。
これからの道のりもずっと、
本人が一歩一歩納得した選択をさせたい。
たとえ、周りに心配してくれる人があっても、
たとえ、一見役に立たなさそうに見えても。
役に立たない瞬間なんて、
人生にはひとつもない、と私は信じている。
全てから学べるだろう。
大切なのは、
誰かが決める基準でなく、
本人の人生を、本人の基準で歩くことだ。
私はそれをドキドキしながら、
ワクワクしながら、見守り続けていきたい。
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『ストレス』という言葉は、
悪玉菌のように扱われることが多いが、
実は、大事なモチベーションの一種だ。
外界からのストレスが掛かって初めて、
人は行動を起こす。
そういう意味で、
適度な外界からのストレスが欲しい。
過不足なく、自分の分に見合ったストレスが、
好奇心と情動が動くような刺激が、
常に掛かる生活こそ、幸せのような気がする。
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車が一台も通らない夜の車道。
人が一人も歩いていない歩道。
久しぶりに夜中の12時を回った帰り道。
ちょうどいい風が吹き、
ぼやけた月が追い掛けてくる、
ゆっくりと家まで歩く神秘的な散歩。
今日の出来事を反芻する。
あの人の笑顔や、言葉が繰り返され、
私も思い出し笑い。
ハッと我に返り、周りに人がいないかキョロキョロ。
現実なのか、幻想なのか、
その境にいる私、独り。
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目が覚めると、
すでに朝7時半を回っていた。
横になったまま、部屋の中を見渡す。
シーツの上で伸びをして、また目を閉じる。
窓の外では、ヒューヒューと風が吹いている。
時折、ザザザという雨の音が混じる。
しばらくすると、
子供たちが学校へ行く声。
風の音
雨の音
子供たちの声
そこに、車の音、飛行機の音が
重なっていく。
そしてまた、
子供たちの笑いながら話す声
風の音
風と雨に包まれた、人や車。
全体の音が調和するように聴こえた。
生活の中のオーケストラが鳴っている。
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相手が言った言葉にひっかかっている。
元気なときには、スルーできるのだが、
ちょっと体調が悪いと、妙に気になる。
「どういう意味で言ったんだろう?」
「ホントにそう思ったのかなぁ?」
勝手に期待している自分が、
相手の言った言葉を受け取れず、
事実に抵抗している。
どうして、私はいつもこうなんだろう。
思い通りでないと、悲しくなってしまうのだろう。
こんな小さな器な自分にホントにがっかり。
もっと大きくなりたい。
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私の母は、今年74歳になる。
幼少期~学生時代、社会人時代、
親戚、結婚してからの友人が比較的多い。
一部の男性の友人からは、
「マサコちゃん」と呼ばれている。
度々その呼び方を耳にして、
何だか羨ましいなぁ…と感じた。
私も50歳、60歳、70歳と、
年を重ねていくにつれ、
少年、少女のように無邪気に、
JUNEちゃん、OOちゃん…と呼び合いたい。
「マサコちゃん」は、
先月骨折をしたけれど、一ヶ月もしないうちに、
お稽古などの予定を入れ始め、
いそいそと出掛け始めた。それもきっと、
「マサコちゃ~ん♪」と、仲良くして下さる
お友達の皆さんの励ましのお陰、と私は感謝している。
親が元気に楽しく生活しているのは、
子供にとっても、幸せなこと。
これからも、
マサコちゃん旋風で元気に楽しんで欲しい。
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私はおごられ下手だ。
せっかく力ある素敵な男性や、
親身になってくださる先輩女性が、
心温かいオファーを投げかけてくださるのに、
理由をつけてお断りすることが多い。
その方達のお気持ちが有り難く、嬉しい。
本当に本当に本当に、嬉しい。
それなのに、なぜ私は断るのだろう?
もっと素直になれたら可愛いのに、ねぇ。
断ったそばから自己反省。
素直な、おごられ上手になりたい。
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夜、窓を開けてパソコンに向かっていた。
すーっと涼しい風が吹いた。
ハッとする。
出来事を思い出し、
その人の顔を思い出す。
風は、形も色もないのに、
大事な存在を思い出させてくれる。
風エレメント(双子座、天秤座、水瓶座)の人も、
その人自身は自己主張をしないけれど、
大事な存在を引き立てたり、
大事なことを思い出させる役割があるみたいだなぁ…
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欲しいモノの奥には、
実はそのモノが象徴している
「欲しい状態」がある。
欲しいモノさえ手に入れば…と思い、
実際にそのモノを手にすると、
今度はもっと欲しいモノが欲しくなる。
物欲スパイラルだ。
けれども、
欲しいモノがもたらす
欲しい状態をはじめから実感することができると、
案外、モノがなくても、幸せだったりする。
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「今度」と「いつか」という日は、
カレンダーにない。
日時を決めることに、
躊躇することが多い私。
でも、決めなければ、一生「その日」はやってこない。
だから、
できるだけ具体的に、
「O月O日」を自分にも、相手にも、言うようにしている。
具体的にするのが、苦しいこともある。
てんびん的性格や過去の体験が関係しているようだ。
それでも、
一旦日時を指定すれば、腹もくくられ、
その日を精一杯楽しむために準備できる。
具体的に日時を指定し、形にするが勝ち?
具体的に日時を指定し、形にするが価値。
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ふと、つまらない…と感じた。
人生ホントにこれでいいの?と。
幸せを数え上げたらたくさんある。
それなのに、何がつまらなくさせているのだろう?
目標、チャレンジ、打ち込める何か、
「生きてるなぁ~」と実感できるものが不足?
つまらない人生にするのも、
面白い人生にするのも、
全ては私の考え次第なのはわかる。
だから、
私は、面白い人生にしたい。
生きている実感を日々味わいたい。
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「良い習慣」を、
できるだけ多く日々実践すること。
それが、幸せな人生の土台となる。
誰かが推奨する「良い習慣」でなく、
世間が良しとしている習慣でもなく…
自分でころんで、自分で立ち上がって、
自分で苦しんで、そうかわかったぞ!と、
カラダで理解して見つけた「良い習慣」。
そうでないと意味がない。
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自分という人間に、
自分が一番四苦八苦。
誰にとっても、
鏡か写真でしか姿を見ることができない一番謎の人物、
それが自分ではないだろうか。
全ての活動は、
自分という器を知ることだったり、
受け入れることであったり、
高めるために行っている気がする。
他者とは、その目的のため、
切磋琢磨し、共感したり、励ましあったり…
本当に自分を受け入れ愛し、
育て続けられるように…
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CDを持っているわけでもなく、
コンサートも行ったことがなかった。
けれども、NYの高校時代から今まで、
同時代を生きた者として、
彼が亡くなったことにショックを受けた。
一億枚、2000万枚と
出すレコードは皆ミリオンヒットで、
それ以降、彼のプレッシャーはいかばかりだっただろう。
Thriller や Bad は何度聴いても、
そのリズムに身体が反応する、
今、
Ben の歌詞に、
彼の繊細さを重ねて聴いている。
http://www.youtube.com/watch?v=aSqo17o2a1w
ご冥福をお祈りします。
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ハッスルと呼ばれる後楽園ホールでのプロレス。
大学時代の友人からお誘いがあり、初体験。
ガチで勝負というよりは、
ストーリー展開があり、
単純だけど、どこかクスッと笑える、
あくまでも観衆を楽しませようというショー。
それでも、もし私が闘ったら、
最初の30秒でダウンしてしまうだろう。
日々の惜しみないカラダ作りの努力を、
人を楽しませるために使っているあっぱれな面々。
正直言って、
プロレスは、全く興味がなかった。
でも、食わず嫌いはダメね、と思い知らされる。
垣間見られる日本文化にびっくり。
肉弾戦なのに、どこか情緒があり、感性を感じさせる。
それを見る観衆のあどけなさ。
「ガンバレ~」とか、「そんなのひどいよ!」とか、
真後ろの男性から小学生のように無垢な掛け声。
始まる前には、MCの進行で、
こぶしを振り上げる練習、
掛け声をかける練習もして、
会場中が一緒に楽しんだ2時間。
こんな世界もあったのねーん♪
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