« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

Do not take it for granted !

相手がしてくれたことを、
当然と思ってはダメと、改めて自分に言い聞かせる。

生前、父は、
「例えば、先生が教えてくださることを、
当たり前と思ってはダメだよ。」と言った。

つまり、

相手にその気がなければ、
何一つ授けていただくことはできないわけで、
相手の厚意がそうさせているのだから、
感謝を忘れてはいけない、と。
そして、相手のご厚意は、
ありがたく受け取るのが礼儀だと。

私は、父の言葉をきっかけに、
この世に「当然などない」と思うようになった。
全ては、誰かの意志や厚意によって成り立っている。

毎日毎日、
どんな些細なことでも。

一つ一つにその都度、感謝したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

脱がせ上手

「できる人」は、脱がせ上手だ。

本音に行き着くまで、
どんどん鎧を脱がせていく。

どんな業界でも共通だと思う。

結局、

人の心を動かすのは「本音」。
そのことをよく知っていて、
自然にそこを目指してしまうのかもしれない。

脱がせる側も、
脱がされる側も、
気持ちがいいから不思議。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

健康バロメーター

私が思う本当の健康は、
内臓の機能が本来の働きをそれぞれができて、
天から授かった本来の使命で働けることだ。

そして、

理性的に、客観的に物事を判断できること。
自分の感情を素直に受け入れること。

快眠、快食、快便、
快動、快考、快コミュニケーション。

これが、私のバロメーター。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

助けを求める

どうも助けを求めることが下手だ。

助けて欲しいときに、
助けて、と言えなかったために、
とても長い間そこから出られないことが、
今までずいぶん多かった。

人が一人で生きることは発展途上の成長過程。
本当の自律は、助け合いができてこそ。

人がいるから、自分も生きられる。
自分がいるから生きられる人がいる。

素直に助けを求められる人間になりたい。
助けを求められ、応えられる人間になりたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

女になるためには

女性は生まれながらにして女なのではなく、
女になる、という。

最近、周りを見ても、自分の感覚でも、
なるほどそうだと実感。
女にならない人もいる…みたい。

「女になる」ためには…

 ・本人の自覚

 ・「本物」の男 

この2つが必須条件。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

隠れた意図

ピンポーンと我が家の呼び鈴が鳴った。

ポスターで見たことのある議員さんが、
扉を開けると立っていた。

あら、ご本人だわ、と内心思いつつ、
彼の話を聞いた。
にっこり笑って「頑張ってくださいね。」
とだけ言って、扉を閉める準備をすると、
議員さんの方から握手をしてきた。

その間、

秘書らしき人は、私の顔も見ずに、
ノートにここの住所と名前を書き、
下を向きながら、「ありがとうございます。」
と無理やり大きな声で言った。

議員本人は、目を輝かせながら、
私の顔や表情をしっかりと捉えて、
情熱的に握手をしてくれたが、
秘書サンの、人をモノとして扱う態度、
数として見ている態度に私の心は「引いた。」

 あと00軒…
 よし、この家はとりこめたぞ、

そんな秘書サンの内なる声が、
下を向きながらの「ありがとうございます」から、
聴こえるようだった。

隠れた意図は、
ちゃんと伝わってしまうものだ。

扉を閉めた瞬間に、
残念ながら、私の記憶から、
その議員さんの名前は消えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

誠実な人がカッコイイ

誠実な人が好きだ。

誠実は何で測れば良いか。

それは、その人の行動だと思う。
言葉だけなら上手いことを何とでも言える。
行動は、心身が一貫して初めて動くもの。

てんびんとしては、
言い方もまた大事なポイントではあるけれど、
やっぱり、行動を起こしたかどうかが、
誠実さのバロメーター。

言葉に騙されるなかれ。

実際どれだけ動いてくれているかで、
また自分も動いているかで、
人に対する、自分に対する誠実さが測れるというもの。

愛情深く、人格も育った人。
相手を思いやる気持ちがまっすぐ行動に現れる人。

私は、誠実な人が大好き。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不幸でつながらず、幸福でつながる

不幸話でつながる人は、
他人の不幸は蜜の味とばかり嬉しそうに話題にする。

自分に責任を持ち、
幸せをつくり続けている人は、
不幸な話には乗らないものだ。

他人の幸福を一緒に喜ぶ人になろう。
不幸でつながらず、幸福の連鎖を作ろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

潤う時間

20歳の息子と18歳の娘。

子供たちとじっくりと話す時間は、
喜びに満ちた私の潤いの時間。

小さい頃には話せなかった心のヒダヒダまでを、
人間同士打ち明けあって、励ましあって。
彼らの考え方に触れ、
ほ~っこんなにも成長しているんだ...と、
眩しく頼もしくなる。

少しばかり先に生まれた私が、
アドバイスできるのは、あと何年だろう。
その後はきっと彼らからアドバイスをもらうことになるだろう。

彼らにしかない体験をこれからも積み上げ、
どんどん大きくなって欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自分の要塞をまたいで進む

気づけば、がんじがらめに、
自分自身の「こうあるべき」で縛られていた。

こういうことは言うべきでない。
こういうことはすべきでない。
こういう風に振舞うべき…などなどなど。

現実の自分と幻想の自分が、
遠く離れて位置し、一致感のない日々だった。

そして、

いつの間にか、小さな世界の周りに、
要塞を築き上げてきた。

あるとき、

立ち止まり、

要塞の隙間から見渡すと、

自分の知らない世界が限りなく広がって見えた。

今まで自分で作ってきた要塞で、
あえて見えなくしてきた新しい世界の数々。

自分の周りにコツコツと作りあげてきた要塞は、
もう必要なくなっていることに気づいた。

要塞をまたいで、大いなる世界に生きよう。
今度は、現実の自分と幻想の自分を一致させながら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

幻想の相手、本物の相手

私は、本物の相手を、
本当にちゃんと見ているだろうか?

自分が勝手に描いた相手を、
愛したり、怒ってみたり、
憎んでみたり、悲しく思ったりしていないだろうか。

本物の相手は、
本当に向き合おうと決めない限り、
向き合えるものでない。

自分の頭の中で構築した相手とだけ向き合っている限り、
一人相撲から逃れられない。
本物の相手をシンプルに受け入れることの難しさ。

そこに在る本物を、
観ようとしない限り、
聴こうとしない限り、
感じようとしない限り、
コミュニケーション能力の前進はないと実感した。

私は本物の相手とそのまま向き合っていきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

落ち込み回路

私には、完璧なる
「落ち込み回路」ができていた。

落ち込み回路は、
何か出来事があるとすぐに始まり、
見事なほど自分の心とカラダを落ち込ませる。

落ち込み回路から、
何とかして早く出たいと長年考えていた。

そして、

恐ろしいほど、自分を客観視することで、
まるで他人になったように、自分をシビアに観ることで、
その回路を作りかえることができることを知る。

落ち込み回路のいつもの順路を一つずつ検証し、
いつ間違った方向に向うのかを探る。
冷静に冷静に。一つずつを書き出して。
そして、突き止める。

一旦どこの曲がり角で、
落ち込みが始まるのかがわかると、
もう後は、糸がほどけるように、
落ち込みをほどけていくのがわかる。

私は悪いことはしていない。
自分を許すことができる。

落ち込みは、誰かが作るものではない。
きっかけは外の世界であっても、
いつだって、自分自身で作っているものだ。

だからこそ、コツさえ覚えれば、
気分をつくり直すことはいつでも可能なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

楽しい人生の作り方

楽しい人生の作り方。
今の私が表現するとしたら、
2つのことに尽きる。


 ①真意を受け取る

 ②自信を持ち一致感を感じながら言動する


①は、自分も他人も含めて、
人あってのこの人生。
自分の本心や他人の真意を受け取ることが、
何事にも上手くいく極意だと思っている。

②については、
ひとくちに自信といっても、
人によって何があれば自信がつくかは違う。
自信がつくことを日々積み上げ、
一貫性を持つことが大事だと思っている。

言葉で言うほど、容易くはないけれど、
この2つが満たされると、
ホントに楽しい人生となり、
自分らしく生きられると思う。

この2つにたどりつくまでに40数年掛かった。

この2つを磨けば磨くほど、
私は私の限界を破りながら成長していける気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

理想をつかむか、つかまないか

目の前に、夢見てきた理想の状況がきたとき、
しっかりと手に掴んでいるだろうか?

案外、慌てて、怖気づき、
つかみそこねるということはないだろうか?
自信のなさから…

長年、願い続けてきたことが、
実際にいよいよ手に入るとわかったときに、
怖気づき、すっと避けてしまう...ということがある。

人間はホントに面白くできていると思う。
目的が手に入るとわかった瞬間、
モチベーションがむしろ下がったりして。

「夢」は実現するためにあるものなのに、
実現していない発展途上の時の方が燃えたりして。

でも、

目の前に理想が現れたとき、
ホントに掴む人と掴み損ねる人では、
その後が全く違う。

私はしっかりと掴みたい。
掴めば、その体験が自信となる。

そして、

次なるステージに行きたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オトコの甲斐性

オトコの甲斐性。

オンナにどれだけモテるかではなく、
釣った魚(妻)にどれだけ多くの安心と幸福を
プレゼントできるか、だと思う。

大事な女性に、継続的に、
安心やワクワクを与え続けられることが、
ホントの甲斐性ではないだろうか。
これが案外至難の業だったりして、ね。

余力があってこそ初めて、
身の周りの多くの女性にも、
溢れ出る愛情をプレゼントできる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お弁当づくり復活

お弁当づくり復活sweat01

娘から、お昼代を節約するため、
これからしばらく持っていきたいと依頼される。

16年間のお弁当づくりから、
解放されたのもつかの間、
またまたオツトメ再開。

「簡単なものでいいの。お願いしてもいいですか?」と、
ちょっとばかりの娘なりの配慮に、
ちょっとばかり嬉しい母心。

自分で作ると言ってくれると、
もっともっと嬉しい母心なんだけどなぁ...。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やさしさの表現

わかり易いやさしさ。
例えば、女性宮の心づかい。

困っているときに、ふっと手を差し伸べられ、
とても助かり、笑顔でありがとうが引き出される。
心が温かくなるような、救われるやさしさ。

わかりにくいやさしさ。
例えば、男性宮の律した心づかい。

後日、反芻しているうちに気づくような、
スケールの大きい包み込まれる感覚。
魂がぐっときて、精神が磨かれる。
心が熱くなり、生きる力がみなぎるやさしさ。

どちらも、受け取るとありがたい。
どちらも、プレゼントできると嬉しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自分のカラダ

ゆっくりとお風呂に入り、
カラダの一つ一つのパーツと会話する。

ボディシャンプーを泡立てて、
肌の上に乗せ、洗っていく。

髪からつま先まで、
私という人間を表現してくれているカラダ。

自分が納得する形でないところも多々あるけれど(笑)
それでも何故か縁あって、このカラダ。
自分の精神や感情が形となっていくところ。

自分でしかスポットライトを当てることができない、
コンプレックスなあの部分、この部分。

慈しんで、丁寧に、
今日もありがとうと言ってみる。

自分の心と自分が仲良くなるように、
自分のカラダとも仲良くなっていく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

愛する対象

心から愛せる対象があることが幸せ。

目の前の人がいつもそうだと、
きっといつも幸せになれるだろうなぁ...

そして、

自分自身のことをちゃんと愛せると、
もっともっと幸せになれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「あるもので」調理法

今日のこの日、
ご縁のある人と、ご縁のある仕事。

目の前に置かれた材料で、
最高の料理を作るとしたら、
どんなひと品になるだろう。

冷蔵庫にある材料で、
思いがけない献立ができるように、
今ここにある素材を活かすことに集中する。

毎日毎日、元気に「美味しい料理」を作り続けたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フックされる卑しい言葉

人が深い傷として、
コンプレックスに思っていることを、
「気を悪くしないで」とか言いながら平気で言ってのけ、
その上、皆の前でさんざん貶めようとする人。

私たちは敏感に、
相手が本当に自分のことを思っているのか、
それとも、保身や高慢や脅しで言っているのかは、
肌でわかってしまうものだ。

身も心も削がれる卑しい言葉が掛かった。

私個人が攻撃されているなら、
対処の仕方もあるけれど、
自分が大切にしている人が受けることに我慢がならない。
怒りがこみ上げ、
どこに向けてよいかがわからなくなる。

以前は、このスパイラルに陥って、
一週間くらいは、ずっとそのことにはまってしまっていたが、
それこそが相手の思うツボ。

最近では、その卑しい言葉と在りかたには、
目もくれず、耳も傾けず、
真っ当に生きることをただひたすらすればよい、
と思うようになった。

足を引っ張ることに生きがいを感じる卑しい人。
人の時間を盗み、悦に入っている人。
自分が問題の一部だということに気づこうとしない人。

そんな人に時間を費やすよりも、
今ここでするべきことに、
実際に手を動かし、集中しよう。
建設的に協働できる人と時間を費やそう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

下手に出る人に下手に出る粋

下手に出て、謙虚に、謙遜もして、
挨拶し、会話する。

すると、
相手によって色々な反応がもどってくる。

急に優位に立って威張る人。
そんなことおかまいなしにマイペースを貫く人等など。

その中で、

私が一番目がハートになってしまうのは、
その方自身も同じように、
下手に下手に返答をする目上の方♪

うぅ~ん♪やっぱりわかってらっしゃる。
惚れ惚れしてしまう洗練されたコミュニケーション heart02
粋だわ~ん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人はあったかい

一人で悶々として悩む。

身体が重く、頭が痛い。
調子が悪いから人と会うのを避けていた。

ところが、そういう時に限って、
人にどうしても会わなければならず、
仕方なく出掛ける。

すると…

相手の笑顔に元気づけられ、
いつしか私も笑顔で返している。

だらだらペースが、
気づかないうちにルンルンペースに。

疲れたときには、
人の温度とリズムをおすそ分けしてもらおう。
人はホントにあったかい。

ありがとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

柔軟性

他人の意見も充分に聞いて、
一緒に良い結果を出したいと思っている。

ただし、自分の根幹に関してだけは、
自分の中で時間を掛けて熟慮して、
決めることをよしとし、譲れないでいた。

根幹にまつわることは、
はじめから自分の中で答えが決まっているようで、
ある意味、未来を決めつけて生きてきた。

しかし、

最近、夢とか目標とかを持ちながらも、
実際の瞬間に降ってくる真実とでもいうか、
全ての縁が一体となって、決まっていくというか、
そんな不思議な感覚を持つようになっている。

ただそこにあるものを活かすことだけを考えて生きる、
そんな風に生きてみるのもいいのかな…と。

それが 柔軟性 のような気がする。
今ここに生きること のような気がしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シンプルな発見

個人のブログは、
そもそも、誰が見てもOK、
が前提だと思っていた。

全世界から誰でもアクセスでき、
いつでも何回でも見られるシステムになっているから。

ところが、

あるブログの筆者はそれを許さない。
情報交換をしない人は、
見に来ないで…という怒りannoyのメッセージが、
今日見にいったら冒頭に書いてあった。

興味のある内容だったので、
時々読ませてもらうだけだった私は、
ええ~っ悪いことをしていたんだ…とびっくり。
激しい疎外感を感じた。

立ち寄るだけは、筆者の気分を害する
罪になるのでやめることにした。

とても残念。

ううむ…

インターネットの使い方、
そして人への伝え方について、
改めて考えさせられる。

私は、いつでもオープンに、
読むだけだってどうぞどうぞ、
という気持ちでいたけれど、
そうでない人もいるんだ…というシンプルな発見。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「どいつも、こいつも…」

あの人にも、この人にも裏切られた、
と話す人に先日会ってきた。

私は、半ば同情しながら、
その人の話をなるほど…と聞いていた。

でも、後でよくよく反芻して考えてみた。

どいつもこいつも…って調子で話していたけど、
本当に、周りの人がいつも悪くて、
その人がいつも正しいのだろうか?

その人のものの見方にも、
何か課題はないのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アップタイム

頭の中で、ぐりぐり考え過ぎて、
呼吸が浅くなり、心身共に疲れていた。

頭で考えるということは、
過去の体験を元に考えるということ。
今ここにいるよりも、過去のデータから、
あれやこれやを探している作業だ。

そんなとき、ふと、
「アップタイム」を思い出す。

それは、赤ちゃんのような身体の感覚の使い方。
今ここに在るもののみに反応するという姿勢。

目の前に見えるものを見て、
外から聞こえるものを聞いて、
身体の温度や重さなど全てただそのままに
身をゆだねて体験する。

赤ちゃんは、いちいち、
あの人がああ言ったのは、
この前のこと気にしてたからかも、
よしじゃあ今度は気を遣って、
おっぱいをねだるときには遠慮して、
伏目がちにしてみよう…などとは思わない。

おっぱいが欲しいときには、ただおっぱいを吸い、
チョウチョを見れば好奇心から追いかけていき、
転べば、びっくりしたり痛かったりで泣く。

大人の私たちでも、
この「アップタイム」を意識すると、
たちまち楽しくなり、元気が出てくるから不思議。

自分の内的な会話は聞かず、
外の音だけに集中する。
頭の中の映像はストップさせて、
目に見えるものに集中する。
今ここにある身体の状態をただ楽しむ。

ちょっと疲れたとき、お試しあれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

愛と執着

誤解しがちなこの二つ、
愛と執着。

自分は愛だと勝手に思い込む、
執着が起こす問題の数々。

愛とはホントに何なのだろう?

自分の思い通りに相手が動くことが、
本当に「愛された」ことになるのか?

「愛しすぎて…」
なんてセリフをたまに聞くけれど、
本当なんだろうか?
美化しすぎてはいないか?

本当は、
「執着し過ぎて…」とか、
「期待し過ぎて…」では??

愛という言葉は便利だけど、
実のところ、いまひとつ明確ではない。

何でもかんでも愛でくくってしまう前に、
一考したいもの。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Noを言わないでみる法

極めて日本的な感覚が、
最近私の中で芽生えている。

仕事上、知り合った女性は、
その女性性を大変見事に活かしていて、
私も見習いたいと思った。

それは、決して No を言わないこと。

Yes Noをはっきり言えない日本人、
と一時期酷評されたこともあった。
しかし、それは「あちらの基準」でのこと。

もしかすると、No を言わずにいけることは、
一歩も二歩も優れたコミュニケーションかもしれない…
そんな挑戦を自分自身に、実験的に課してみる。

すると…

これが、なかなか楽しい♪
白、黒つけず、グレー万歳!なのだ。
グレーには無限のニュアンスの違いもあり、
細やかなグラデーションが見えてくる。

相手からのリクエストや提案に、
必ず一旦受容する気持ちよさ。
No とも言わないが、それは決して全て Yes というわけでない。

いわゆる、I understand(理解しました)という立ち位置。
まずは、受け取りましたよ、という在りかただ。

そして、可能性を考えているうちに、
No は必要でなくなる。
できる Yes が重なっていく実感。
限りなく白に近いグレーもまた美しいもの。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ご縁

ご縁というのは本当に不思議だ。

一体、誰が決めているのだろう。
「大いなる存在」なのか、
自分なのか、相手なのか…

苦労なく打ち溶け合えて、
お互いの持ち味を引き出し合える人、
そんな出会いがあるかと思えば、
何度トライしても、
いつも気ばかり遣ってぐったりと疲れ、
建設的になりにくい相手もある。

上手くいく場合と、学びが多い場合と、
様々なご縁が、常に前進する道のりには待っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

どこでも吠える人

確かに周囲の人にとって、
「ある程度」勉強にはなる。

講座や会議などで、必ず自分の意見を
聞いて聞いてとばかりに吠える人のことだ。

このような行動をする人に共通なのは、
「思い込みが激しい」のと、
「他人とのコミュニケーションにおいて、
決定的に未熟」という点だ。

そして、

「自我が強く」
「抑制力に欠ける面がある」
「客観性に乏しい」

彼らが大勢の前で見せてくれる
パフォーマンスは、
上記の要素の対極にある、
自我をある程度隠す、抑制力を持つ、
客観性を豊かに持つといったことが、
社会人として必須だということを再認識させてくれる。

反面教師的貢献度は高いが、
実際の会議内容等が進まなくて困ることも多い。

シャンシャン会議をしたいワケではない。
ただ、社会人ならば、認めて欲しい、
愛して欲しいなどの個人的な欲求は、
自己処理してから公の場に立つべき。

他人とのコミュニケーション、
自分自身とのコミュニケーションは
自然には身につきにくい。

意識して、練習して身につけていき、
建設的なコミュニケーションを目指したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »