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嫌われる理由

友達ができたように見えても、
敬遠されはじめ、
結局、最終的に誰も寄り付かなくなる人がいる。

その理由は、
・シツコイから。
・人の悪口を言うから。
・人のウワサ話がいつも大半を占めるから。
・自分の自慢話をするから。

全てが自信の無さからなのだろう。
人とのコミュニケーションの初歩的な部分が
残念ながらわかっていないと感じる。

質の高いコミュニケーションは、
自分と相手の話をすることであり、
そのままを受け取り、親身に聴くこと、に尽きる。
これが信頼、尊敬を得て、安心できる関係を生む。

シツコイのはいただけない。
貴方はそのテーマに興味あるだろうけど、
私はちっとも興味がありませんことに、
永遠につき合わされるのはかなわない。
同じ時間をするべきことに費やしたくなる。
ペースや空気を読む必要がある。

人の悪口ばかり聞かされれば、
いつかこの人は誰かに私の悪口も
こうやって言うんだろうなぁ…と予測させ敬遠したい。
悪いエネルギーは悪いエネルギーを引き寄せるの法則、
(そんなのあったっけ?)を感じてしまうから、
早くその場を去りたくなる。

人のウワサ話ばかりされても、
いつかこうやって私も酒の肴にされ、
軽んじられ笑われるのだろうなぁと感じさせられ、
会うのがイヤになってしまう。
良かれと思ってウワサにするのも、
あまり個人的で具体的なことは伏せるに限る。

自慢話は過去の栄光に過ぎない。
過去に引き戻されてばかりいるとホントに退屈。
自分の栄光は自分の血肉になっているのだから
それでよしとしなくちゃ。
「じゃあ今はどうなの?これから何をするの?」と
ツッコムこともできず、消化不良を起こしやすい。

嫌われるにはきっとこの他にも理由がある。
そして気持ちよくコミュニケーションできるのにも、
理由があるものだ。

コミュニケーション能力を高めるには、
棚ボタはあり得ない。日々意識して、
よきモデルを得ながら、自分で身につけていくものだ。

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自分のスタイルを持つ

せっかくの木星水瓶座な今年なのだから、
「自分らしさ」「ユニークさ」に焦点を当てたい。

世界でたった一人の自分。
その自分に合ったスタイルって何だろう。

環境で考えるもよし。
行動で考えるもよし。
考え方や価値観で考えるのもワクワクする。

自分が好きなスタイルで統一できたとしたら、
インスピレーションは湧くし、
毎日充実感を感じることはできるし、
きっとさらに自分らしさで社会にも貢献できるだろう。

自分のスタイルを持ちたい。

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社会と個人

社会の中で、真っ当に生きるには、
ルールに則ることが大事になる。

ルールは一応全員が了解した枠組みで、
そこから外れることは、
その社会からも外れることになる。

しかし、

本当は人それぞれ、十人十色。

実は人の数だけ個人的なルールがあり、
一人一人の中では個人的ルールに則って生きることが、
心身のバランスを整え、
個人の幸せにもつながると考えても不思議でない。

だからこそ、

一人でいるときに、または、
幸運にも同志が見つけられれば同志と、
個別的ルールを満たせる場を持つことで、
一般社会での活躍も期待できるだろう。

社会と個人。

その両方を満たすための試行錯誤は続く。

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本音で話す

本能のままに、ストレートに、
本音を伝えることを
いかにしてこなかったか…

理性的に話すことを教えられ続け、
だからこそ、社会的にも認められてきたけれど…

たまには、本音で、ね。

本気で聴いてくれる人と共に、
むき出しの本心を打ち明けあい、
共感し合いたい。

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変わらないのは不自然

天体は動き続けている。

私たちも、昨日の私たちと違う。
気分は天体同様、毎日変わり、
考え方も歳を重ねれば少しずつ変わる。

何が変えてはいけないものなのか、
何を変えていく必要があるのかを、
いつもわかるようになりたい。

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新月願い

自然と共に生きたい…
自然体で生きたい…

頭の中をそんな言葉が、
ぐるぐる回り始めた40歳の頃、
占星学と出逢った。

「単なる占い」と片付けるには、
恐れ多いほど深い学問だと知り、
アストロリレーションでその入り口を勉強した。

占星学はもともと王室などが、
その国全体の行く末を見定める際、
お抱えの占星学士に占わせてきた
トップシークレットだったもの。

幸い、

現在では誰もが勉強できるものとなりつつある。
占い的な要素から、天体が地球や人間にもたらす
影響を4000年も前から分析されている統計。

割り切れることばかりでないのは確かだし、
証明できることだけでないのは確かだ。
(だから面白い。)

そして、

私はアストロリレーションのお陰で、
自分を認めることができるようになったし、
人それぞれの価値観があることを
心底受け入れられるようになった。

これこそが、私にとっての、
自然と共に、自然体で生きることの始まりだったと思う。

星にまつわる習慣を、
色々生活やコミュニケーション法として取り入れているが、
毎月一回、新月の日に、
今月の目標を書き出すのもその一つ。

昨日、新月がまたやってきた。

自然界がもたらしてくれる惜しみないエネルギーを
肌で感じながら、今月もまた新しい気持ちで生きたい。

今月はふたご座の新月。
好奇心に任せて楽しいことをどんどんしていきたい♪

★アストロリレーションHP
http://www.astro-counseling.co.jp/relation/

★アストロリレーションが毎月、
新月の日に出しているメルマガ
http://www.mag2.com/m/0000109784.html

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風の話

ふたご、てんびん、みずがめ座。
「風エレメント」の3人が集った。

話す、話す、おしゃべりの花を咲かす。

それを横でパソコンをしながら、
聞いていた獅子座男性一人。

後で、

「迷惑でしたか?ごめんなさいね。」
と尋ねたところ、
「いや、風エレメントの人たちの話は、
『ひっかからない』んだよね。
サーっと気持ち良く通り過ぎる感じで、
適度なBGMになっていいよ。」とのこと。

なるほどねぇ。何だか嬉しい。

確かに誰かの悪口は出てこないし、
相手にイヤミを言うわけでないし、
常に配慮しながら言葉を選んで、
楽しむことが前提の「風ばなし」だからだろうか。

また心の風通しをしたくなった。

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ぬくもりは人の中にある

心が乾いてしまう時は大抵、
誰かのせいにしたり、
出来事のせいにしたり、
社会のせいにしたり…

そうすることで心のバランスを
とっているのかもしれない。
けれども、ちっとも心は晴れない。
そればかりか、一層暗く沈んでいく。

そんな自分の姿を誰にも見せたくないから、
家にこもりがちになり、
益々自分の中で、否定的な会話を繰り返す。

そんなときこそ、街に出るなり、
心許せる友達に会うことだと実感する。

人と話すと、ぱーっと視界が開け、
下を向いていた顔は上がり、
重くなっていた心が軽くなる。

じわじわと人のぬくもりが通い始める。

そうなのだ。

冷えて固くなっていた心は、
人の温かさが伝染して温まるもの。

何気ないことを話すだけでも
血がめぐり出すのを感じる。

人と人とはぬくもりを分かち合うもの。

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ベビーシッターできない理由

NYの高校生時代、週末になると、
気軽にベビーシッターを引き受けていた。

けれども、

実際に自分の子供ができてからは、
心理的に他のお子さんの、
ベビーシッターができにくくなった。

子供たちが幼稚園に入る前も入ってからも、
知人同士お互いに子供を預けあうということもあったが、
その度に、私は心が重くて仕方なかった。

子供の命を預かることに責任を重く感じていた。

子供は国の宝だ。
時代錯誤的な言葉だが、
あえて、新しい気持ちと感覚で使いたい。
本当にそうだから。

自分の子供たちを天から預かるだけでも精一杯のところ、
よそさまのお子さんを、たとえ短時間でも預かるのは、
私にとって責任が重すぎると感じていたのだ。

今、やっと子供たちが成人する頃となり、
責任の半分を果たした気でいる。

これから、彼らが社会人となり、
少しでも社会に貢献できる人間になるまでは、
まだあと半分の責任が残っている。

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存在価値が認められる場

人間はつくづく、社会的動物だと思う。

自分が一生懸命尽くした仕事を認められたり、
あなたがいてくれたから上手く言ったといわれたり、
今回もお願いしますと頼まれたりすると、
生きてて良かったと思うから。

自分の存在価値を
自分でも認められるようになってきたけれど、
それでもやっぱり他者からも認められるのは嬉しい。

自分の中の、
男性性が満たされるのだと思う。
外向きな自分が満たされるのだと思う。

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晴れ女

私は、晴れ女ではない。

かといって、雨女でもない。

でも、

一緒にいると心が晴れてくる、
と言われる晴れ女になりたい。

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木星が水瓶座

今年の木星は水瓶座にいる。

去年(山羊座)との価値観の違いはどうだろう?
とCMなどやテレビ番組のコメンテーターのコメントなどを、
見てみると結構楽しめる。

自分ひとりでコツコツ努力して積み上げる、
山羊座の価値観から、
個性を引き出しあい皆の力をあわせて、
全体の質を上げていこうという水瓶座的価値観へ
移行しているだろうか?

それぞれが違っているからいい。
常識ばかりに囚われることなく、
ユニークな表現があってもいい。
一人一人の個性を楽しみながら、
全体の成長を目指す。

そんな気持ちで日々過ごしていきたい。

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嫉妬心

嫉妬心は、なんのためにあるのだろう?

嫉妬は、自分がしても、
他人がしても、とても醜く感じてしまう。

嫉妬してしまうのは、何故だろう。

何とか理性で抑えているものの、
どうしても、嫉妬を感じて苦しくなるときがある。

嫉妬の目的を最近よく考える。

嫉妬することで、
自分の存在意義を確かめたいからだろうか?
相手よりも優位に立ちたい?
自分の思い通りにしたい?
保身ができるから?

そして、

嫉妬をしてしまったときの、
自分なりのかわしかたを考えてみる。

嫉妬したときには、
まずはそれを認めて、くすっと笑って、
それだけ向上心があるんだねぇ…とか、
(相手がいるなら)大好きなんだねぇ…とか、
思われたいんだねぇ…とか言い聞かせてみたりして。

かわいいとこあるじゃない。
…と、自分に声を掛けてみようかな。

そして、肯定的ダブルバインドを自分に掛けて、
解放してしまいたい。

嫉妬してもOK!
嫉妬しなくてもOK!
嫉妬が何故起きるのかがわからなくてもOK!

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母の骨折

お参りに行った際、転んでしまい、
右腕を骨折した実母。

話しを聞いた2日後、
時間ができたので実家に見舞いに行った。

チャイムを鳴らし待つ。
玄関が開くと、ツタンカーメンのように、
右手を胸に固定したまま、
ぬ~っと出てきた母に、思わず噴出す。
不謹慎なのだが、その姿がおかしかった。

それほど重症でないため痛みも少なく、
おしゃべりを楽しみながらお茶を一緒に飲む。

母の近くに住む仲良しのKさんも合流。
何かとお世話してくださるKさんに改めて感謝。
離れて暮らす私にとって心強い存在だ。

一見、不幸に思える体験をすることで、
今持つ幸福が浮かびあがってくる。

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愛という言葉を使わずに…

「愛」という言葉は便利だ。

社会にも受け入れられていて、
良いものとしての認知度が高い。
だから、お手軽に使いやすい。

「愛」を使っておけば、
なんとなくわかった風になる、
コンピ二言葉だ。

時間を惜しむときには便利な言葉だけれど、
本当のことを伝えたいとき、そして、
奥行きを持たせるためには、
最近私は、愛をあえて使わないようにしている。

愛という言葉を使わずに、
思慕の情を相手に伝えていきたい。

人数分だけの違う言葉が必要になる。
それが本物っぽくて嬉しい。

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仕事と家事

仕事上で集中力を要するとき、
どうしても家事がおろそかになってしまう。

家事をサクサクこなし始めると、今度は、
仕事モードにもどるのに時間が掛かる。

頭の使い方と身体の使い方の、
配分というか、動き方が違うのだ。

そこにもってきて、体調が悪かったりすると、
一層、頭と身体の切り替えにもたつく。

自分の配分の仕方を早くマスターしたい。

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日本男児の愛おしさ

この歳になったからだろうか。
いつもどこかで「母目線」でも、
色々な人を見ている気がする。

日本の男性を客観的に、
そして主観的に観てみると、
ずいぶん「女性的」だなぁ…と思ったり、
何だかとっても愛おしいと感じる今日この頃。

これは決して皮肉でも、
否定的に言っているのでもない。
褒め言葉として言っている。


仕事で関わる男性、プライベートで会う男性、
電車の中ですれ違う男性…
密かに観察しては、愛おしいと感じている。笑


情があって、感覚が鋭くて、シャイで、繊細で、
陽と陰で言うところの陰が潤っている。
大きな仕事を長時間し続けるには、
絶対に必要な要素をみな備えているということだ。

この資質は、日本の宝だと思う。

この宝を活かすためには、
日本女性の「男性的」な面で包み込みたい。
充分に認め合うことで、
お互い、本来持つ男性性や女性性も育つだろう。

お互いがお互いを活かそうと意識することで、
陽と陰、その両面が織り成され形となる。
色々なものが生まれ、この国を形づくっていく。

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セピア色の写真

「オヤジとお袋が撮った、
山のような写真が茶箱3つ分くらいあったんだよ。
その中から選んだのが、このアルバム。」

母の従兄弟の家に遊びに行った際、
50年前の写真をゆっくり見た。

大学時代から仲良しのある俳優さんの
笑ってしまう姿があったり、
父と母の結婚式での笑顔があったり。

写真はその時、その場の空気や、
人間関係、感情などをも運んでくれる。

知らない人ばかりでも、
その表情の一つ一つが興味深く、
きっとこんな心境だったんじゃないかな?などと、
勝手に感じながら、ページをめくっていた。

総勢500人くらいは登場しただろうそのアルバム。
この方たち、一人一人に人生があり、
喜怒哀楽があり、悩みがあり、喜びがあるのだ。
見終わった後に大きく深呼吸をしながら、
共に歩んだような気持ちになった。

多くの人の歴史のつまったこのアルバムは、
今後、誰かに見られることはほとんどないだろう。
そこに写る人たちの人生と同様に。

一人の人間の一生の奥行きは、
他の誰にも計り知れないということを
改めてて思った。

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「不安の匂い」

ある講座のアシスタントをする。

昼食時、受講生を外食へと見送り、
空の部屋で講師と午後の打ち合わせ。

「この部屋、匂うね。」と講師が言う。
比喩でなく、実際に「不安の匂い」がするという。

私はその時に感知できなかったが、
そういわれてみると、何か空気が重いと感じる。

人間は、言葉以上に身体から色々発するものだ。

新しいチャレンジをし始めると、
見えない不安や恐れが身体からにじみ出るかもしれない。

それでも、夕方、一日の内容を終えた受講生。
疲れた表情の中、大勢の満ち足りた笑顔に出逢う。

一つチャレンジと向き合ったたくましい人間の姿。
それに立ち会うことのできる喜びを実感する。

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年々変化する心境

歳をとるということがとても興味深いこの頃。

若いときには、苦しさばかりが強く感じられ、
抑制を抑制するような、
自分が自分を削いでいくような、
そんな日々だった。

でも、

歳を重ねていけばいくほど、
色々なものに素直になれる。
固い殻を一枚ずつ破っていっているような、
そんな感覚さえ覚えてきた。

歳を重ねることは、
本来の姿に近づいていくことなのだと思う。

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久しぶりの虹

先日、ある打ち上げの飲み会のため、
知人3人と電車で会場に向っていた。

一人が雨上がりの風景の中に、虹を発見。
私は思わず「わぁ~♪」と声を出す。

もう一人がなかなか見つけられず、
「心のきれいな人にしかきっと見えないんだ。笑」
といいながらも発見。

3人でしばらく動く電車の中で、虹を見つめていた。
共通の仕事を終えた3人が、
夢の架け橋を見つめるこの光景が何だか嬉しかった。

同じ体験を共有する喜びだろうか。

これから何人の人と、
虹を見ることになるのだろう。

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愛を知っている人

愛という言葉は、直接言われたこともないけれど、
その人の持つ愛を強く感じることがある。

同情を表現されてもいないのに、
そっと共感で包まれるような感覚を覚える。

一定の距離を保ちながらも、
いつでも心の中までしっかりと見抜かれ、
温かいまなざしで見つめられているよう。

その人は、本当の愛を知っている。
本物だ、と私は感じる。

私に何か見返りを求めるわけでなく、
私が私らしく生きることを見守り、
たんたんとその人らしさを生きている。

お互いの自律を守りながら、
お互いの幸せを願っている関係。

これが、愛なのかなぁ…と思うのだ。
愛は、ある程度年月を共にして、
じんわりと感じあうものなのかもしれないなぁ…と。

私はその人のように、
他人を本気で思いやる愛を生きたいと思う。

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愛情の形

愛と情

燃え上がるような思いから、
ゆったりと育んでいくような日常へ。

形や大きさや感覚が少しずつ変化する。
時間の経過と共に、身体が変化するように。

それでも決して消えないのが愛。
私はゼロにはならない。
ともし火のようにずっと光がそこにある。

日常生活で関わる誰かを一瞬「嫌い」と思っても、
それは愛が裏返しに見えているだけなのだと思う。
愛したいのにそうできない自分自身を「嫌い」と感じる。

愛の裏返しの相手でも、
時が経つにつれ色々な変化を経て、
「あらら…ひっくり返っちゃってたのね」と笑い飛ばし、
素直にその存在を受け入れられるようになりたい。
お互い一生懸命、その命を生きているのだし。

愛と情

時と共にその変化も味わいたい。

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人生で一番大事な日

人生で一番大事な日。

これはいつだろう?
と考えると、いろいろな出来事を思い出す。

結婚式の日?
子供が生まれた日?
それとも大切な出逢いのあった日?

それぞれが確かに大事な日だけれど、
甲乙つけがたい。基準もバラバラだ。

でも、もし、

毎朝起きたときに、
今日が人生で一番大事な日と思えたとしたら…

毎晩眠るときに、
今日は人生で一番大事な日だった、と思えたら…

喜怒哀楽、どんな感情が起きても、
それはそれで幸せ、とかみしめられそう。

なので、

「今日」がいつも人生で一番大事な日。

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喜怒哀楽 同時進行

次年度への引継ぎを担っている。

今まで自分がひたすら動けばよかったことを、
新任の方が動きやすいように、
仕事の意図や内容をお伝えするのが私の役割だ。

自分で動き始めたときも緊張していたが、
今年は違う緊張感を感じている。
この役割を代々つないできた先輩がたの思いを
伝授しなければ…という気負いからだろうか?

その緊張感、
一年間精一杯やってきた後の清清しい喪失感(哀)、
できたという達成感(喜)、
できなかったことの反省を抱えながら、
日々の生活はたんたんと進んでいく。

日々の生活は相変わらず楽しんではいるけれど、
笑顔の奥にいろいろな思いがふとよぎる。

喜怒哀楽はいつでも同時進行。

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勝負は「へこんだ」瞬間から

勝負といっても、
他人と戦うことではない。

自分との闘いだ。

…と先日へこんだ自分に言い聞かせた。

「へこむ」ような出来事があったら、
実はチャレンジがやってきたという証拠。

そこから自分がどんな選択をするかで、
自分の器が試される。

へこんだことで落ち込んで何もしないのか。
それとも、事実を受け入れて次なる対策を練るのか。

これをいろいろなテーマでしていくのが人生…かな?

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弱さを強みに変えられるといいなぁ

私は一つ一つの出来事を、
消化するのにとても時間が掛かる。
特に人間関係が関わってくると、
一人一人との関係の糸の解き方を
自分なりに決めるまでに本当に時間が掛かる。

それは、まるで海底まで沈んでいって、
底に手をついてから浮上して
初めて理解し、納得し、消化できる、そんな感じだ。

相手は何の気なしで言ったひとことなのだろう。
けれども、その言葉一つが、
私のその日の健康状態や決断などに大きく影響し、
事と次第によっては、えぐられるような感覚になり、
そこから自分で立ち直るまでにエネルギーを要する。

そんな自分の弱さを棚に上げ、
昔は相手のせいにしてきたが、
最近では自分のこの妙なクセを何とか克服し、
むしろ活用していきたいとさえ思うようになった。

変なところで言葉に神経質なところは、
言葉を大切にする人のことを理解できるかもしれない。
その人がなぜその言葉をそのタイミングで使ったのかを
理解したり共感できたりできるだろう。
芸術作品などでは、一歩奥深く鑑賞できるかもしれない。

弱さを強みに変えていけるようになるといいなぁ。

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水星逆行の効用

5月7日から31日まで水星逆行になる。

水星逆行の期間は、
ミスコミュニケーションが起きたり、
機器系統のトラブルが多かったり、
注意する必要がある。

いつも水星逆行時に考えるのは、
逆にその効用はなんだろう?ということだ。

宇宙がくれるメッセージを解釈するなら、
順風満帆な人には、
上ばかり見ている視線を足元にも配り、
慎重にすることが得策だよ、ということだったり、

いまひとつ調子が悪い人には、
攻めばかりが人生でなく、心身を休めて
内面的な視野を広げるための「静」の時を過ごす、
という風にも受け取れる。

良い時期があり、
そうでもない時期があり、
いろいろなリズムの組み合わせが
道のりを豊かにしてくれる。

音符は休符があってこそ美しく響き、
光は影があるから輝くんだよなぁ…と思う。

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OOしない…の効用


OOしない…というのは否定的な言い方で、

OOしよう!というのが肯定的な言い方で、

言葉が人生を作っていくワケで…
そういう意味では肯定的な方が幸せに近いようにも
感じられるのですが。

けれども、例えば、

「人が不快になる言葉は使わない」とか、
「迷惑を掛けない」とか、
「意地悪はしない」とか…

OOしないことは、
大事なことじゃないかと、
改めて思うこの頃です。

子供の頃にたしなめられた言葉の数々は、
意味のあることだったと感じるこの頃なのです。

肯定的な言葉は短期的視野でモチベーションを上げ、
「OOしない」は長期に渡って続けることで、
その効力が発揮されるかも…とも思えるのです。

例えば、子供時代にずっと意地悪をし続けた子供は、
大人になったとき、その幼馴染から村八分にされるけれど、
子供時代にぐっと我慢し、意地悪しないで生きてきた子は、
大人になったとき、周りから信頼を得られる、というように。

おそらく、

OOしない、というダブル否定の発想は、
人間の理性を司る部分で、
欲望を抑制する能力を育てるのかな、と思うのです。

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愛すること

「こんなに愛してるのに…」

と言った後にグチが出る場合、
本当は、「こんなに見返りを期待しているのに」
という方が正しいような気がする。

愛する

これは、相手はあっても、
ベクトルが実は自分に向くという不思議な、
とっても個人的な体験で、
相手に何かを期待する行為ではないな…と。

愛する

今の私がこれを定義すると、
相手が何をしても、何を考えても、
一旦受容して、自分なりに消化して、
その言動を許していくことなのではないかな…と。

愛する

これは、自分の枠を広げる作業であり、
相手に自由をプレゼントすることであり、
発せられたものを受け取ることであり、
惜しみなく発するものなのかな…と思う。

愛する

というのは、相手という的があり、
しっかりとその存在を受け入れながら、
同時に自分をもまるごと受け入れていく過程なのだと思う。

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停滞の理由はいつも「愛」

生活の中で停滞してしまうことがある。

私の場合、
その理由をつきつめると、
いつも相手との愛情が思うように
行ったり来たりできていないことだ。

さらに突き詰めると、
自分自身への愛が足りないときなのかも。

厳しさも含めた愛をまずは自分に。

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