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2008年12月31日 (水)

絆は二人の中で育つ

絆を育てるのに、
いつもいつもそばにいる必要はない。

いつもいつも一人のことだけを
考えてばかりいることでもない。

お互いがお互いの今を受け入れ、
好きなように行動し、能力を存分に発揮して、
その人らしく在ることを信じていること、
それが絆なのだと思う。

自由をプレゼントし合いながら、
ふと思い出して、幸せを願う。
見えない相手に手を合わせるような感覚。

会えない時間も精一杯生きて、
会える時間をとことん楽しみ、
前回会ったときよりも、
さらに魅力を増していることを競争するように。

時間を重ねるごとに、
人間同士、深まりを感じていきたい。

--------------------------------------

本年も一年、
つたない文章をお読みいただき、
ありがとうございました。

自分の中の想いを、
言葉にしていくことで、
少しずつ解放してこられた気がします。

読んでくださるあなたのお陰で、
「ボイド以外は毎日書き続ける」
という自分との約束を果たすことができました。

あなたがあなたでいてくださり、
ありがとうございます。

JUNE

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2008年12月30日 (火)

いつも一人、実は一緒

いつも独り、
という感覚がつきまとっていた。

幼少期も、
小学校でも、
中学でも、高校でも、大学でも。
それでも社会の中で生きなければと必死だった。

結婚し、子供を授かり、
少し感覚が変わったが、
子供を通じてのお付き合いでは、
相変わらず独りを感じ続けた。

そして知った。

誰もが、どこかで独りを感じているということを。

自分以外の人は、
皆仲良しにしているように見えても、
独りを感じながら生きていることを。

私たちは似たもの同士。
そして全く違うもの同士。

それぞれがそれぞれらしさを生きればいい。
独りを感じながら、皆の中で。

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2008年12月29日 (月)

理解しあえる人を増やしていく旅

出逢いは本当に面白い。

生まれたときから周りにいてくれた。
ひょんなことで、知り合う。
たまたま遭遇して知り合う。
ずっと憧れていてやっと出逢う等々…

いろいろなご縁がある中で、
苦労を分かち合って形にしたり、
シンプルに楽しんでそれっきりになったり、
ある時期一緒に過ごして別れたり、
長い時間、変化しながら共に歩んだり…

社会的人間の本能の一つに、
「理解されたい」というのがあると思う。

人生は、理解しあえる人を、
増やしていく旅なのかもしれない。

そして、

理解してくれる相手を通して、
一番理解したい「私(わたくし)」を理解していくのだと思う。

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2008年12月28日 (日)

一国の首相の退席シーン

先日、ニュースを見た。

麻生首相がハローワークに顔を出し、
求職中の若い男性の前に座った。

若い男性へのコメントは、正直のところ、
ピンとこないなぁ…とテレビのこちら側の私でさえ思った。

しかし、

私が興味が湧いた点は、
総理が「お邪魔しました。」と立ち上がったとき、
ハローワークの女性は、一緒に席を立ちあがり、
お辞儀をして見送ったのに対し、
この求職中の若い男性は、ずっと座ったまま、
会釈するようなしないような態度でいたことだった。

社会人としての自覚が全くないんだ…
一国の総理が退席するときに、
自分の席を立たないんだ…と絶句。

明らかに人生の先輩であり、
目上の人間が退席するときに、
職を持つ人間は立ち、
職を持たない人間は立ち上がらない。
示唆のある絵だった。

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2008年12月27日 (土)

愛は永遠です。

愛は永遠です。

地球が何もしないのに動き続けるように。
太陽が毎日光を届けているように。

愛はいつでも天の川のように、
あふれるように流れています。

私たちは、天の川のような、
あふれる愛を瞬間的に見たり、
感じたり、その中に浸かったりします。

でも、

その後、なぜか天の川を離れてしまうのです。
なぜか天の川の存在を忘れてしまい、
あふれる流れへのアクセスを絶ってしまうのです。

何かのきっかけで、
たまに思い出したようにアクセスしてみたり、
やっぱりやめたりします。そして、
愛は永遠でない、と言っちゃったりするのです。

愛はいつでもどこでも永遠です。

自分がアクセスしたりしなかったりするから、
永遠と感じられなくなってしまうだけです。

愛を永遠に感じたければ、
いつもその水に触れながら生きれば良いのだと思います。
習慣にしてしまえば良いのだと思います。

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2008年12月26日 (金)

天井はいつでも開いている

可能性は無限にある。

ダメだと決めたときに有限になり、
頭が屋根でふさがれる。

天井はいつも開けておき、
どこまでも上にいけるようにしておきたい。

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2008年12月25日 (木)

自分を好きになる過程

若い頃、私は自分が嫌いだった。

自分の思い描く理想と、
現実の自分とがずれていた。

一番深いところでは、好き嫌いを超えた
揺らがないものは感じてはいたけれど、
表層意識では、自分に自信が全くなかった。

それじゃ今は自信があるの?
と訊かれれば、口ごもってしまうかもしれないが…
それでも、確実に10年前よりは、
理想と現実のずれがなくなってきている。

要するに、
自分のことが少しずつ好きになってきた。

いい意味での諦め…なのかもしれない。
私は私以上でも私以下でもなく、私でしかない。
私でないものになろうとしても、無駄だと知った。

私が何者なのかを日々紐解いていくだけだ。
紐解かれたものが何であれ、受け入れていけばいい。

自分を好きになるとはそういうことなのだと思う。

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2008年12月24日 (水)

一年で一番寂しい季節

この中で本当のクリスチャンは何人いるのだろう?
メリークリスマスが飛び交う街中。

イルミネーションがエネルギーを消費し、
余れば捨てられる運命の甘いケーキの山。
赤や白や金や銀の飾りがひらひら風に舞う。
誰かと一緒に過ごさなくては…と焦る若者。

以前、一人のアメリカ人女性が私に言った。
クリスマスは一年で一番孤独を感じる季節。
たとえ大勢の中にいたとしても、
なぜか寂しさが一番染み入る時だと。

無駄の多い消費生活と、
社会が作った見えない常識から、
はみ出ないようにはみ出さないように生きることは、
人を虚しくさせるのかもしれない。

豊かさはどこにあるの?
満たされるとはどういうことなの?
そんなことを考える言葉だった。

国境を越えて、
同じ感覚を共有した思いがした。

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2008年12月23日 (火)

「一流」とそうでないものの違い

「一流」とそうでないものの違いは…?

めんどくさがらずに、
必要な手順と作業を丁寧に踏んで、
思い描く結果を出すまでし続けるかどうか。

最近、そんな風に思っている。

時として、私たちは効率を追いかけ過ぎ、
「ま、いいか」と端折ったり、
過去のやり方がそうだったからと、
初めから考えようとしなかったり、
めんどくさいから…と、
手と気を抜いてしまうことがある。

でも、

その結果は、ほとんどが中途半端。
たとえ体裁は整っていても心まで伝わってこない。

心が伝わる「一流」という辞書には、
「めんどくさい」「ま、いいか」はない。

「一流」とは、
信念と、目的意識、丁寧な手順と丁寧な作業と、
丁寧なコミュニケーションが形となっているもの。

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2008年12月22日 (月)

『メアリーの物語』

約二十年前のこと、私の人生において、
最大級の衝撃を覚える事件が起きました。
家の電話が鳴ったのは午前3時。
イヤイヤ受話器をとると、長男の声が聞こえてきました。

「母さん、どうしよう!ロビーが死んじまった!」
18歳の末っ子が銃で撃たれたと言うのです。
目の前が真っ暗になりました。ロビーが死んだ、ですって?
やり場のない、打ちのめされた感覚。
-絶望。
心臓は早鐘のように打ち続けました。

その後、息子を殺したショーンは殺人罪で捕まりました。
ロビーとは顔見知りで、口論になって
撃ってしまったというのです。

審問会が開かれるまでの三ヶ月間、
私はショーンに会うことも話すことも許されませんでした。
もし彼に会っていたら、怒りに突き動かされて
何をしたかわかりません。もしかしたら、
思わず相手の首を絞めていたかもしれません。

ようやくやってきた審問会の日、私は初めて
ショーンを目にしました。彼をひと目見た途端、
私の身体を煮えたぎるような怒りが駆け抜けました。
「なぜあんなことをしたの!」
評決はその場で下り、予想通り二十年から
五十年の刑が言い渡されました。
審問会が終わると、判事は、
「ショーンに会わせるので部屋へくるように」と言いました。

職員の後ろについて判事室への廊下を歩くとき、
心臓の鼓動が一歩ごとに速くなるのがわかるのです。
ようやく息子の命を奪った人間に会うのだ。
ずっとこの時を待っていたのだ、私の気持ちをぶつけるときを。

あの男にどんな罵詈雑言を浴びせてやろうか。
怒りと憎しみでいっぱいで、私にはそれしか
考えられませんでした。
ボディチェックを受け、小さな鏡張りのオフィスへ
通されましたとき見たものは、
部屋の隅に立っているショーンでした。

それはオレンジ色の囚人服を着て、手足を縛られ、
頭をうなだれたまま身体を震わせて泣きじゃくる
二十歳の男の子でした。
彼は一人のさびしい青年でした。
親も友だちも、支えてくれる人もいない
独りぼっちの男の子、どこかにいる別の母親の息子なのです。

私は職員に、ショーンに近づいていいかと尋ねました。
ショーンはそれを聞くと目を上げて、
涙に濡れた幼さの残る顔をこちらに向けました。
「ショーン、そばに行ってもいい?」
ショーンがうなずいたので、私は職員にうながされ、
ショーンのそばまで進みました。

次に私がとった行動に、私自身も含めて
その場にいた全員が驚いたのです。
私はショーンの身体に両腕を回し、彼を抱きしめました。
ショーンは私の肩に顔をうずめてきました。

誰かに抱きしめてもらうことなど初めてだったのかもしれません。
私の怒りと憎しみは、この瞬間にスーッと離れていきました。
「ねえ、ショーン、あなたを許すわ」
ショーンは驚いたような顔を上げ、私の目を見つめました。

「ロビーが天国でなく刑務所に行くのだったなら、
私はもっとつらかったと思うの。あなたのために毎日祈っているわ。」
私はショーンに手紙を書いてほしいと頼み、
職員につき添われて部屋を出ました。
どんな評決が下ろうと、もう私の息子ロビーは帰ってこないのです。
ただ、もう一人の青年の人生が、刑によって奪い取られただけなのです。

私の行為を理解できないという人もいます。
しかし、私は決してショーンの罪を見逃したのではありません。
「許す」とはそういうことではないと思うのです。
あのとき彼を許したことで、私は心の奥に渦巻いていた憎しみと
復讐心から逃れることができました。
自由になり、心の平安をとり戻し、生きる力を得て、
ロビーの死を受け入れることさえできるようになったのです。

憎しみはどこかで断ち切らなければ新たな憎しみを生むだけでしょう。
私の憎しみは、私で終わりにするのが一番だと、そう思うのです。


マーシー・シャイモフ著 茂木健一郎訳
『脳にいいことだけをやりなさい!』 p.118~ より引用

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2008年12月21日 (日)

同じ方向を見て生きる

見つめあって、巡らせ合うのもいい。

お互いの愛を気を情を循環させる。
お互いのことをもっともっと知り合うのには必要なこと。

それは、車の中の空気を循環させ、
温めていくような作用なのかもしれない。

一方、

同じ方向の行く先に、
何かしらの目的を据えて、
手をつなぎながら歩いていくのがいい。
新鮮な空気を胸いっぱいに感じながら。

ときには、手をほどいて、
お互いが興味のあるところで、
興味のあるものをたくさん吸収してくるのもいい。

もどる場所は、二人で歩く道。

今日は一人で歩きながら、
また手をつなぎ冗談を言いながら、
歩幅を合わせて歩く姿を思い描いている。

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2008年12月20日 (土)

口紅の色

お化粧をするときは、手鏡も使い、
顔をまじまじと見ながら頑張る。笑

先日、ベージュ系の口紅を、
品良くつけている先輩女性に触発され、
私も珍しくピンクベージュを一本を購入。

女心ウキウキ。
この冬のJUNEの新顔完成~♪と、
まじまじメークに密かなる自己満足で、
勇んで出掛けた。

すると...

「JUNEさん疲れてらっしゃる?」
と面と向かって言われ、その後、別の人から、
「失礼かと思いますが、お疲れに見えました。」
「JUNEさん、疲れてるみたいなので、
どうぞ年末年始にお身体ご自愛くださいね♪」
と携帯に心配メールをたて続けに2通いただいた。

ありがたい。
私の身を案じて言ってくださるのは実にありがたい。
でも...うぐぐ...そうか...
私は疲れているように見えたか...
本人は、疲れているという実感がなかったので、
考えたくはなかったが、やっぱり、
お気に入りのピンクベージュの口紅のせい?

そして、反省。

先輩女性は確かに春色がお似合いだった。
基本が夏色の私にとって、
ピンクベージュはくすんでしまうようだ。

またまた、人それぞれの個性と、
表現の仕方の違いを思い知らされる。
たとえ好きでも、似合うかどうかは別もの、
という厳しい現実と自己発見。

これからは、
もう少し赤みをつけ足して出直すぞ~♪

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2008年12月19日 (金)

夜中の帰路

夜の遅い時間、
忘年会の帰りで駅に降り立つ。

駅周辺は静かでまばらな人。
店はカーテンが引かれ表情がない。
雨あがりで光った道路。
黒い空には白く丸いお月様。

私は少しお酒が入ったので、
冷たい空気の中を歩こうと思う。
タクシー乗り場を横目で見ながら歩き出す。

悲しいくらい独り...と思ったが、
私は悲しんでいないことに気づく。
じゃあ、嬉しくなるほど一人きり?
それもまたちょっと違うなぁ...

一人でいるけれど、満ち足りている。
そんなことを思いながら自分自身と話す20分。

まっすぐな道。

街灯もまたまっすぐに、
私がもどる場所に向かって並んでいる。

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2008年12月18日 (木)

ピンク色の効果

喫茶店でいつものように書き物をしていた。

ずっと下ばかり向いていて煮詰まってきたので、
深呼吸をしようと、ふと顔を上げた。

その時、ちょうど入ってきた若い女性。
薄いピンク色のVネックのセーターで、
私の前をゆっくりと歩いて行った。
薄いピンク色を見て、何だかホッとした。

色にはそれぞれの意味があるようだ。

ピンク色は女性らしさを引き出す効果がある...
と何かで読んだことがある。
見る色、見る形と素材。
きっと視覚的にも心身に影響を与えているのだろう。

また一つ、自分にとって心地良いものを見つけた♪

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2008年12月17日 (水)

ホントは誰を追いかけているの?

熱を上げて、相手を追いかける。

その行為の根っこをよ~く観察すると、
自分の情熱の流す場を求め続けているように思う。

本当に相手のことが好きなのか?

相手は追いかけられることを求めているか?

本当は誰のことを好きになりたいのか?

相手なのか?自分なのか?

これらの質問に対する答えが出たら、
すでに新たなステージに行く証拠。

何をすれば良いか、
何をしない方が良いのか、
自ずと次なる行動も決まってくる。

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2008年12月16日 (火)

後悔

後悔はなぜするのだろう?

ふとそんなことを思った。

私はあまり後悔はしない、と思っていたはずなのに、
案外、「行動したことで後悔する」ことがあるぞと思い返す。
行動を起こさないで後悔するという人もいるのだろう。

私の場合、なんらかの目的を持って行動したのだから、
それが上手くいったのか、いってないのかをしっかり見極め、
自分の感情を含めて、責任をとるしかない。

私が後悔するのは、大抵、「相手」のいる時だ。
自分から果敢に発信した後、
相手から思ったような反応がないときに、後悔する。

でも、

相手の反応は全く自由なわけで、
私が立ち入るものではない。
頭でわかっていても、毎度ぶち当たって数十年。
もういい加減にこのパターンを壊したい。

後悔などしないで、
ただ受け入れるというパターンに...。

私の反応は、
私の心と身体を持ってする反応なのだから、
全く別の心と身体を持つ相手に、
同じものを期待してもなんの意味もない。

1.私は自分がしたいと思ったことをした。
2.相手が無反応だった(ように見えた。)
3.それは期待した反応ではなく、がっかりした。
以上!

それで良いではないか。
それ以上、何を期待をしているのだ、私は。

...と、今日も自分に言い聞かせている。

と同時に、

もう少しでこのテーマを卒業できそうな気もする。

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2008年12月15日 (月)

娘とデート

娘とデートをした♪

小さい頃は、躾けなくちゃ、とか、
ちゃんと教えなくちゃと気負っていたので、
ちっとも楽しくなかったが、
この頃は、どこかウキウキ楽しい気分。

靴屋さんに行き、
軽い食事をして、今度はブディックに。
色々なお店をはしごしながら、
ああでもない、こうでもないと品定め。

時々、「やれやれ。笑」と、
呆れられるボケっぷりの私に対して、
彼女がリードし始めている現状。
二人で話して、笑って、また話しての繰り返し。
どこまでも尽きない話題。

ゆっくりお茶を飲む。
彼女の悩みや課題に、
あるがままでOK!を出しながら耳を傾ける。
それから、若い世代の情報をインプットする。

これから、19歳、20歳...と、
自分の過去と彼女の将来を重ね合わせながら、
姉妹のいなかった私は、
女性同士、デートを楽しみたい♪

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2008年12月14日 (日)

洗濯しかできない女性

以前、テレビで見た番組。
子だくさんの身体の弱い女性が、
洗濯ものだけをひたすらしていた。

食事をつくることも、掃除もできずにいるので、
ゴミに埋もれた家の中で、
大勢の家族は不平不満だらけ。
見ている方が悲しくなる光景だった。

彼女にとっての精一杯が、日に3度の
洗濯機を回し、干すことなのだ。

人はそれぞれ、精一杯を生きている。

動けないにも理由があるものだ。
責めの悪循環から脱却し、
その根本を治そうという意識を持たない限り、
その女性は変わることはできないだろう。

誰もが誰かの手助けが必要なのだ。絶対に。
精神的にも物理的にも。

限界まで頑張ってしまい、助けて…とさえ言えないほど、
消耗し切っていることもある。
私自身、長い間苦しみ続けてきた、
「世間が求める主婦の当たり前」と自分との葛藤を、
重ねながら番組を見た。

女性の側に立てば、
家族みんなが特にご主人が、
もっと理解してあげて手伝えばいいのに!
と怒りを感じるし、客観的にみれば、
彼女は精神的にも肉体的にも病気に思えるので、
専門医にかかった方が良いとも思える。
その際、家族みんなで専門医に行くのがベストと思う。

人間は一人では生きていけない。

だから、

愛を注ぎ合える存在が必要。

血がつながっていても、いなくても、
精神的なよりどころとなる家族が必要。

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2008年12月12日 (金)

隠れ家開拓

一人で喫茶店でものを書いたり、
本を読んだり、考えをまとめたりするのが、
実益を兼ねた趣味。

家族には、「座りに言ってくる。」で通じるようになった。
普段は最寄駅周辺の喫茶店の2、3軒で妥協している。
以前気に入っていてよく通った喫茶店は、
数年前に閉じてしまったため、
その後は喫茶店ボヘミアンとなる。

別の街に仕事などで出掛けると、
良い隠れ家がないかを物色する。

好みは、木のぬくもりの椅子とテーブル。
店内の明るさは抑え目。間接照明がいい。
昼なら、明るい日差しの入る窓辺に座りたい。
あまり多人数が入らない静かな空間。
BGMの音が大き過ぎないところ。

吟味された豆で心を込めて入れてくれる珈琲。
そして、手にやさしい珈琲カップとソーサー。
マスターや店員が落ち着いていて、
適度に放っておいてくれるとありがたい。

先日、ぴったりのところを見つけた。
ジノリのカップと苦味の強い珈琲で一時間。

急行電車で一駅のこのお店。
また機会をつくって行きたい♪

Photo

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2008年12月11日 (木)

不惑を超えて美しい理由

花は、美しくなろうとせず、
ただ一生懸命生きるから美しい、という。
その通りだと思うし、
その姿から学ぶことも多い。

しかし、

人間は良いのか悪いのか、
大脳皮質を持ってしまった。
言葉を使うことを始めた。
思考をせずにはいられなくなってしまった。

花と人間。
それぞれの命。
特質の違い。

不惑なお年頃を超えた後に、
ただそこに存在だけで美しい、と言われるまでには、
ひと通りのプロセスを経る必要がある、
と私には思えるのだ。

女性に限らず、
40歳を超えてなお「美しい」と感じる人たちを観察する。

人間の美しさには、理由がある。

人間は、
苦しんで、悲しんで、もがいて、
悩んで、悩んで、悩んで、苦を受け入れて、
そこから這い上がり、混沌から自分を取り戻し、
学習したものが日常に活かされ始めたとき、
美しくなれるのだと思う。

苦しみと闘い、超え続け、
心と身体のケアを丁寧にし続け、
然るべき努力を積み重ね、
ひとつずつレベルアップしながら、
存在を通して美を表現していくものだ、
と私は思う。

そのプロセスを経た者のみが、
ただ存在するだけで花となれるのだと思う。
風雪に耐えた千年杉のような尊厳と共に。

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2008年12月10日 (水)

常識を見直す

先人たちの知恵の宝庫、常識。

常識を身につけていくことは、
社会人として成功するための必須条件。

しかし、

常識ばかり重んじる病にかかると、
これまたやっかいなことになる。
新しい道を拓くとか、根源を考えるとかを
止めてしまうから。

ときには、縛られ過ぎていないか、
常識そのものを、本当だろうか、
と疑ってみるのも必要なのかも。
形骸化している場合があるから。

何が本当に大事なのか、
価値観の棚卸をして新しい常識をつくっていく、
そんな気概も欲しい。

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2008年12月 8日 (月)

最悪の心境、最高の心境

最悪の心境にかつてなったのは、
愛する相手にとって、自分は、
大勢の中の単なる一人に過ぎないとわかった時。

嬉しい心境になったのは、
唯一無二の存在なんだと実感できた時。

そして、

最高の心境になるのは、
そんな泣いたり笑ったりの体験をたくさん経た後、
相手が何をしても、どんな状態でも、誰を愛しても、
心から受け入れられ、心底愛情を感じられ、感謝できる時。

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2008年12月 7日 (日)

プレゼントを贈れる喜び

お歳暮が届く。
感謝を込めて御礼状を書く。

今年とてもお世話になった方に、
こちらからもお歳暮をお贈りする。
感謝を込めて送り状を書く。
御礼状とも違う喜びがそこにある。

受容して感謝。
受容していただけるのも感謝。

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2008年12月 6日 (土)

愛の量子力学

私は量子力学を知らない。
私は物理学もちゃんと学んだことがない。

でも、

愛というエネルギーが、
流れる方向を感じたり、
滞ってしまったりすることがあることは、
なんとなく肌で知っている。

一人一人の人間が、
エネルギーが集まる場のひとつひとつだとすると、
量子力学や物理学にも興味が湧いてくる。

愛をいつも通している場になりたい。

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2008年12月 5日 (金)

何が悲しくて涙が出るのだろう?

何が悲しくて涙が出るのだろう?

外ではなかなか表せない内側の感情。

一人でいるとき、
美しい音楽に助けられながら、
私は、裸の私になっていく。

涙が後から後から出てくる。

私は何をそんなに悲しんでいるのだろう?

それとも、これは幸せなことなのだろうか?

そうだ。

あらゆる感情を素直に表現できることは、
幸せなことに違いない。
だとすれば、幸せの涙を流していこう。

きっとこれからも、涙と共に生きていくのだろう。
生きている実感を涙でも感じるのだろう。

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2008年12月 4日 (木)

言えない事情

公表できない事情がある。

日々の忙しさに飲み込まれそうになりながら、
私たちは、人には言えない事情を抱えながら、
それぞれが闘っている。
葛藤を抱えながら生きている。

一番忙しい時に限って、
その事情もピークに達したりする。
面白いように苦しい共鳴。

「私は何者なのだ?」という根源的な自問自答を
しなければならないほど追い詰められる。

事情を知る友人だけが心のオアシス。

私も、相手が事情を打ち明けてくれたのなら、
傾聴し、少しでも憩いの場としてお役に立ちたい。

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2008年12月 3日 (水)

書くことがエネルギーを流す

人にはそれぞれ、ストレス解消法がある。

私は、昔は、気を紛らわせるために、
その辺にあるものをつまんで食べるクセがあった。
でも、ストレス解消法には結局ならず、
その代償は、身体の重さとなって現れてしまう。

おしゃべりも解消法にはなるけれど、
自分の内心を話して後悔したり、
聞きたくもないウワサ話に傷つき、
結果として、一層ストレスを溜め込むことになる。

信頼できる人たちの時間を割くわけにもいかず、
結局話すことがなかなかできずにいる。

そこで、溜まりに溜まった思いを吐き出すように、
ひたすらノートやパソコンで自分の思いをつづる。
誰にも見せないファイルにどんどん入れていく。
少しずつ軽くなるのを感じる。

私にとって、頭にぎっしり詰まった言葉を
外に出すことがなによりのストレス解消法。
今日もまたひたすらボールペンを走らせ、
キーボードを打ちながら、消化する。

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2008年12月 1日 (月)

ふたり分の食事

セルフサービスの喫茶店。

一人の年配女性が、ふたり分の飲み物と、
食事でトレイいっぱいにして、
私の隣の席につく。

2つのカップから湯気があがっている。
女性は、ゆっくりと自分の分と相手の分の
お皿をとりわけ、空の席の相手の方に、
向きを変えて置く。

息子さんを待っているのだろうか?
それとも、ご主人様?
相手が一皿多いことから、
待ち人は、男性だろうという憶測。

お皿が落ち着くと、
物静かなその女性は、自分の分を食べ始める。



私は、ハッと、もしかして、「影膳?」と思う。

ずっと物腰が静かで、
全ての動作がゆっくりだったことで、
なんとなくそんな気がして、
私は自分の作業がそっちのけになっていく。
もしそうなら…何だか急にこみ上げてくる感覚。

横に座ったのも何かのご縁。
亡き愛する方のために短い時間一緒にいよう…

なんて、思っていたら、

「すいません!すいません!!」と、
バタバタと入ってくる年配男性。
さきほどまでえらく物静かだった女性の顔が、
急に明るくなって、おしゃべりに変わる。

どうやら、
第二の人生を満喫し合うカップルのよう。

ホッとしたような、
ちょっとがっかりのような、
日常のひとコマ。

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